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不審者から広がった床の黒い網が会場内の者たちの脚に絡まって食い込む。あちこちから苦痛に呻く声が聞こえる。すでに泣き喚く者さえいる
「まあ、それでも一苦労するかとは思っていたんだが。こうしてみれば敵か、そうでないかは一目瞭然というのかな。でも一応聞いておくか。今捕まった中に平民や貧民、奴隷が居るなら手をあげてくれ」
それに応えるものはいない。
「貴様何のつもりだ⁉︎ ここに居るものたちがみな貴族であると分かってのことの様だが、ただで済むと思っているのか⁉︎」
すっ、と不審者はコートから伸ばした腕で最初に捕らえた女を指差して
「思うさ。なあ?」
「ひぁ、あぁあ!」
半分ほどがまだ露出していた女はバタバタともがいていたが、その叫びを最期に露出していた部分だけを残して、後の半分をどこかに無くしてしまった。
ドオッと倒れて床に溢れる諸々。途端に会場は阿鼻叫喚の騒ぎとなるが誰もそこから動けない。暴れるほどに足首に食い込んだ黒い何かによって強く縫い付けられてしまう。
「誰も──さっきの子を助けようとしないんだから。我が身かわいさは同胞も見殺しにするのか」
口々に罵り叫び悲鳴が響く会場で、その言葉はもう独り言になっていた。
会場の扉が開き、そこに駆けつけた警備の者たちも網に捕われる。後ずさる無事なものたち。
「それは触れれば触れるだけ絡みつく。そしてそこから締まっていく」
「やめろ! すぐにこれをどうにかしろ! 聞いているのか⁉︎ おい! 貴様ぁっ!」
そんな言葉があちこちからあがる。
不審者は──青年は近くのテーブルにあったパンを口にする。
「美味いな。あの子はこんなパンひとつ食べることも許されなかったというのか?」
「そ、それが気に入ったか? なら好きなだけ食べるといい! ああ、持って帰れ。ここにあるもの全て、そうするといい! だから!」
青年のフードに隠れた顔は表情を窺い知ることは出来ない。ずっと影になってその輪郭すら誰も見ていない。
「それはあの子にこそ言って欲しかった言葉だな。だがお生憎様、俺には血塗れの食事を口にする嗜好はないからな。遠慮しておこう」
すでに大半が暴れてバランスを崩して這いつくばりそこに網が絡みついている。立っているものはごく少数でしかない。
青年はそんなごく少数の背中を押して回っていく。
「耐えて見せろ。立って見せろ。無理か? まあ、そういう風にしているから当然だな」
悠然と歩き、順番に背中を押して倒して回りやがて会場内に立っているものは奴隷で連れてこられた者と青年だけになっていた。
「ずいぶんと見晴らしが良くなったな。俺の目的はここの貴族と呼ばれる支配階級の連中だけだ。奴隷たちには用はない。足元に気をつけて出ていくといい」