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オスバルダスが声をかけると、人は不思議と集まる。怒鳴らない。急かさない。けれど、気づけば椅子に座って話している。
その日の夕方、公民館の和室には、商店街の古い店主や、元舞台関係者、昔の常連客たちがぽつぽつと顔を見せていた。
「昔話をするだけです」
オスバルダスはそう前置きした。
「でも、今に必要な昔話です」
サペたちは記録役に回る。ズジが筆記、マイナが年表、テオファイルが補足、テープレコーダーはテオファイルの私物だ。
最初に口を開いたのは、元靴修理屋の老人だった。
「昔の名刺は、困ってる人を店へ連れてくるもんだった」
老人は膝をさすりながら言う。
「うちには“靴底が抜けた”って来るだろ。隣には“包丁が欠けた”って行く。そのまた先には“字が書けないほど手が震える”って人が行く。そうやって、無理なところへ無理に回さなかった」
「相談内容を広めたりは」
マイナが聞く。
「するもんか。恥を預かるのも仕事だ」
次に、かつて箱庭座で切符をもぎっていた女性が口を開く。
「舞台の終わりにね、困りごとがあったらこの札を持って行きなさいって配ったことがあるの。子どもの学費でも、店の困りごとでも、頼れる大人につながるように」
その札の隅には、小さな赤い石が埋めてあったという。
レッドタイガーアイ。
「じゃあ、今の黒い名刺は」
ズジがつぶやく。
「似せて、反対のことをしてる」
オスバルダスが静かに言った。
「助けるために聞くんじゃない。弱みを量るために聞いてる」
和室の空気が沈む。
そこでキオノフが湯のみを配り始めた。
「はい、冷める前にどうぞ」
その一言で、場が少しだけやわらぐ。礼が返り、次の人が話しやすくなる。こういう時、この男は本当にうまい。
話は続いた。公園で見た舞台のこと。祖父たちが人を笑わせるついでに相談を拾っていたこと。箱庭座の裏で泣いていた若い母親を、商店街のみんなで支えたこと。
過去はきれい事ばかりじゃない。失敗も喧嘩もあった。それでも、誰かの弱みで儲けようとはしなかった。
最後にオスバルダスが、低くまとめた。
「今やるべきなのは、昔に戻ることじゃない」
みんなが顔を上げる。
「昔の良かった手つきを、今のやり方で生かすことです」
サペはその言葉を胸の中で繰り返した。
戻るんじゃない。つなぐ。
それなら、自分にもできるかもしれない。
#勧善懲悪
#勧善懲悪