テラーノベル
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スメラは足早に駅へと向かった。改札を抜け、発車間際の列車に飛び乗る。
朝のラッシュの車内はぎゅうぎゅうだったが、スメラの意識は、別の場所にあった。
車窓の外を、登校中の子どもたちが笑いながら駆け抜けていく。その先には、再建された高層バリア塔。
そして、朝陽を受けて虹色に輝く“エルフ・バリア”が、ゆるやかに空を包んでいた。
車内の隅では、若い男女が並んで座っていた。控えめな声で交わされる会話がスメラの耳に届く。
「ねぇ、昨日のニュース見た? リヴァン首相、またなんか、すごいの始めたっぽいよ。モンスター使って家事するやつ」
「あー、あれでしょ? 知能高いやつ。うちの親、絶対あれ飼ったら孫扱いすると思うわ」
「うちの近くに図書館できたんだ。首相の孤児支援のやつで。あの人いなかったら、町の再建とか何年かかっていたか分かんないって」
「ジン博士のエルフ鉱石研究にも、ガッツリ予算出していたじゃん。おかげで、科学技術も急成長だし。ホント、レジェンド級よな」
スメラは静かに目を伏せる。その通りだ、と心の中でつぶやいた。
(あの戦後、誰もが絶望に沈んでいた時……リヴァンの“再起の理念”は、私たちに立ち上がる力をくれた。あの時は、確かに彼の政策は正しかった……)
視線の先で、幼い子どもが窓越しにエルフ・バリアを指さしてはしゃいでいた。
朝陽の中で虹色の膜が揺れている。
(なのに、なぜ。その力を、今また……争いのために使おうとするの?)
かつて、彼の理想に心を動かされ、誰よりも信じていた。だからこそ今、その“信じた人”を止めなければならない。スメラは背筋を伸ばし、正面を見据えた。バッグの中で、直訴状の封筒が、わずかに揺れていた。
スメラは、昨夜ドローンとの激戦を繰り広げた配電設備前を足早に通り過ぎた。
そこには規制線が張られ、数人の調査官が低い声で何かを話していた。
誰も彼女に目を向けようとはしない。その沈黙こそが、事態の深刻さを物語っていた。
(もう、動いている。バレないことを祈るわ……)
スメラは息を殺すようにして、その一角を離れ、首相府官邸のIDゲートを静かに通過した。
ゲートが緑色の光を一瞬だけ灯し、次の瞬間には、無機質な警備空間が広がる。
正面の警備室には、そこにいるはずのカーンの姿が見えなかった。
いつもなら、無造作に放たれる彼の挨拶――
「よう。今日もお疲れさん」
その何気ない一言すら、今日は聞こえてこない。
(……いない。カーン。そういえば、昨日は夜勤だった。まさか……私の行動がバレて、処分を……?)
嫌な予感が胸を締めつける。
喉の奥に、乾いた緊張が張り付いたまま動かない。
すれ違う職員たちも誰一人声をかけてこなかった。
挨拶どころか、視線すら合わせない。
廊下を流れる空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
(もう、私は“監視対象”なんだわ……)
スメラは会釈だけで応え、自室へと向かう足を止めることなく、静かに歩を進めた。
自分の部屋の前でIDを端末にかざすと、扉に描かれた封印魔方陣が静かにほどけ、シュッと音を立てて扉が開いた。スメラは急いで中へ入り、すぐさまロックをかけた。重い扉が閉まり、再び結界が展開される音が背中を追いかけてきた。息が浅く、心拍が乱れているのが自分でもわかる。スメラは深く息をついて、ホログラム端末を立ち上げた。リマインダーに表示されたのは、今日のリヴァンの予定だった。
午前 :庁内執務
午後十三時:王立科学アカデミー研究所視察
(王研に……行くつもりなのね。例の進捗確認かしら……)
(リヴァンに気付かれる前に……)
(国王側近のバルティス様に昨日のデータを転送して……)
(王宮行きの書類専用石棺に直訴状を投函しなきゃ……)
スメラは迷うことなく、光結晶チップを端末のUSBスロットに差し込んだ。しかし、画面に何の反応もない。
(……!?)
再び確認する。だが、ホログラム画面には淡い赤の警告が浮かび上がった。
――《官邸セキュリティポリシー》――
**未登録の外部デバイスは使用できません。**
情報システム室にてウイルススキャンを実施し、専用端末よりアップロードしてください。
「……えっ!」
冷たい汗が額をつたった。空調が効いているはずなのに、背中にはじっとりと汗がにじんでいる。
(情報システム室経由じゃないと、転送が出来ないってことね)
唇を強く噛む。
(まさか、ゼムに監視されている? それとも、偶然のセキュリティ強化?)
スメラはすぐさま、机の引き出しから、メモ用紙に急いでペンを走らせた。記したメモを防水パックに封入し、自宅で機密情報を複製した光結晶チップを部屋の中に隠した。そして、軍時代に支給された生体認証チップ入り注射カプセルを取り出し、自らの腕に打ち込んだ。
(もし、私に何かあったら……)
(このメモと腕に打ち込んだ生体信号で、ラッセルが気付いて動いてくれるはずだわ)
スメラは、ゆっくりと立ち上がった。ジャケットの襟元を整え、機密情報を抜き出した光結晶チップを再び胸ポケットに収めた。ふと、ポケットの隅から一枚の名刺が滑り出た。
カザン・イオル。
民間報道社〈サヴァラン・タイムズ〉週刊レガリア編集部。首相の足元を狙い続ける、執拗な男。何度も取材を断ってきた相手だ。だが、今、その名前が胸に刺さった。スメラは通信端末を開き、電話番号を入力する。しかし、通話ボタンを押す直前で、指が止まった。
(カザンにタレコミすれば……報道の力で、リヴァンを政権から退けることができる)
(でも、それは私たちの動きとは別方向……)
(この事案を世間に知られれば、必要以上の混乱と恐怖を招く……)
(それでは……リヴァンの思うツボだわ)
スメラはしばらく画面を見つめていた。
やがて、入力しかけたカザンの連絡先を、すべて消去した。そして、もう一度ラッセルへ発信した。 しかし、『おかけになった電話番号は、現在電波の届かない……』 冷たい自動音声だけが返ってきた。
スメラは、静かに通信を切った。
(……覚悟は、できたわ)
通信端末を閉じ、バッグにしまった。
誰にも相談できない。
誰にも助けを求められない。
それでも、もう、迷いはなかった。
スメラはゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、最後の希望を託す者だけが宿す、静かな炎が灯っていた。
コメント
1件
いやぁ、読み終えたけどすごい緊迫感だったわ…! 最初の車内の日常会話が平和すぎて、逆にスメラの孤立が際立つ演出になってたね。カーンがいないとことか、通信が通じないとこで「もう後戻りできない」感がひしひしと伝わってきた。最後の「迷いはなかった」でスメラの覚悟が決まったのが胸にくる。次どうなるのか本当に気になる🔥
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むぎ 🖤🪽
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穏霞 乃矢
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