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#勧善懲悪
#勧善懲悪
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箱庭座の幕が上がる前から、嫌な気配はあった。
客席には再開発の関係者、金になりそうな投資家、眩しい箱に恩を売りたい地元の顔役。笑い声はあるのに、温度がない。
舞台の上には、黒い幕と金の額縁だけが並んでいた。
豪華に見えるのに、どこにも逃げ場がない。
サペたちは散って客席に入る。
スレンは関係者席の近く、ズジは通路側、マイナとジュレイは後方。ンドレスだけは搬入口に残った。
開演の鐘が鳴る。
やがて、アイナグルが舞台中央へ現れた。
光を浴びたその姿は美しい。美しいからこそ、言葉が余計に冷たく響く。
「ようこそ、見えない明日の、その先へ」
客席から拍手。
アイナグルは微笑む。
「今夜お見せするのは、この町が隠してきた本音です。夢の街を作るには、まず古い嘘をはがさなければならない」
黒い額縁の中へ、一枚ずつ紙が吊られる。
誰かの借金。
誰かの恋。
誰かの言えなかった弱音。
まだ名前は伏せてある。
けれど分かる人には分かってしまう程度に具体的だった。
客席がざわつく。
楽しそうな笑いまで混じる。
エリアの指先が震えた。
隣でサペが低く言う。
「まだだ」
舞台袖ではテオハリが満足そうに頷き、チョムは時計を見ている。全部が予定通りだと思っている顔だった。
アイナグルはさらに声を張る。
「人は、美しいものを信じます。だからこそ、本当の価値を決められる」
そう言って、次の紙を掲げようとした瞬間。
客席後方で、ひとりの老婆が立ち上がった。
「それ、うちの話かい」
声は震えていた。
けれど会場全体に響いた。
アイナグルが目を細める。
警備が動こうとしたが、その前にオスバルダスが通路へ出て、老婆の隣に立つ。
「座らせないでください」
静かな声だった。
「話を聞くべきです」
その一言で、ざわめきの質が変わった。
見世物を楽しむざわめきではなく、自分の隣にいる誰かの体温を思い出した時のざわめきへ。
アイナグルはかすかに眉を動かした。
ほんの少し。
けれどその少しが、舞台の継ぎ目だった。
人の傷を飾り立てるだけの夜は、ここから崩れる。