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#勧善懲悪
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ざわめきの中心で、アイナグルが合図を送ろうとしたその時だった。
舞台袖の暗がりから、ぎい、と古い木の鳴る音がした。
客席の視線がそちらへ吸われる。
片目のからくり人形が、舞台の端へ現れた。
片方の目は空洞のまま。
もう片方には、レッドタイガーアイが赤く灯っている。サペが工房で応急修理した腕が、ぎこちなく、それでも確かに上がった。
人形の後ろから出てきたのはサペだった。
「その舞台、少し借りる」
アイナグルが冷たく笑う。
「上演中よ」
「知ってる」
サペは答える。
「だから、ちゃんと本物を流す」
マイナが合図し、リボルが通路を押さえ、スレンが袖の配線を切り替える。
次の瞬間、箱庭座の天井へ古い声が響いた。
雑音の奥から、サペの祖父の声が立ち上がる。
『名刺は助けるために配れ』
会場が静まる。
『困りごとを聞くのは、値段を下げるためじゃない。支えるためだ』
黒い額縁が、急に安っぽく見えた。
サペは人形をひとつ動かす。
人形の手が、客席へではなく、舞台の床を指した。
『人の弱みは、支えるために聞け』
その一言が落ちた瞬間、客席の空気がひっくり返った。
さっきまで面白がっていた顔が、今度は舞台の上を見られなくなる。飾られた紙の意味が逆転したのだ。秘密を暴くための札が、聞いた側の卑しさを照らす札へ変わる。
ズジが立ち上がり、声を張る。
「その相談記録、同意なく転用されてます!」
ジュレイも続く。
「契約の誘導資料として使われた証拠があります!」
マイナが写しを掲げる。
数字、日付、査定、相談内容。逃げようのない並びだ。
アイナグルはなお立っていた。
美しい姿勢のまま、目だけが鋭く細い。
「綺麗ごとで勝ったつもり?」
「違う」
エリアが通路から言い返す。
「汚いやり方が、ここで終わるだけ」
客席のあちこちから声が上がる。
「説明しろ」
「うちの店の話も入ってるのか」
「これ、まずいだろ」
チョムが袖へ下がろうとする気配を、リボルが見逃さない。
サペは人形の腕をそっと下ろした。
祖父の声は途切れ、最後に小さな咳払いだけが残る。
それが妙に人間らしくて、サペは胸の奥が熱くなった。
助けるために聞け。
たったそれだけの当たり前が、この舞台の全部を壊し始めていた。