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–前書き–
エピソード0のあと。ダリルの過去編です。
以下、本文。
この大陸においてかつては栄華をきわめたヒト種の王国、その中央に位置する王都ではすでに夜も更けて酒場では今日の戦果で冒険者たちが盛り上がり、娼館は妖しく賑わっていた。
そうした喧騒とは無縁の上位者、この国の建国以来その地位を盤石なものにし、国民からの上納金で富んでいる者たち“貴族”が住まう地区にある屋敷のひとつがいま、この辺りではついぞ見たことのない騒ぎの渦中にあった。
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「戦えるものは執事でもコックでも構わん! 奴を囲め!」
そう檄を飛ばしている俺はこの屋敷を護衛する1人。不審者が屋敷の所有物である使用人を拐おうとするところに出くわし、捕縛しようとしたが使用人を抱えたままのそいつは窓を打ち破り中庭へと飛び降りたのだ。
護衛についてから、さすがに屋敷への侵入を許したのは初めてだ。後で屋敷の主人から怒られるだろう、言い訳はあとででも考えるとして、どんな手を使ったとしても逃すわけにはいくまい。
2階の窓とはいえ、人を抱えて飛び降りた奴の脚には少なくないダメージを負っているだろうと、騒ぎを聞きつけ目撃した者達を使い囲むことにしたのだ。
それと同時に俺自身も窓から飛び降り、確実に逃がさないように追い詰める。
コの字型になった中庭の入り口は塞がれ、一応の逃げ場は無くしたが俺は先ほどまでとは違い警戒を強めた。何故なら予想に反し使用人を抱えたままのそいつは軽やかに舞い、自ら奥に陣取ったからだ。
徐々に集まる人員。当然護衛も俺1人ではなく、ここいらではそれなりに腕の立つ者たちがみな剣を抜き構えている。
「もはや逃げ場はないぞっ! 幸いにして貴様はまだ誰も害してはいないのだから、いま投降すれば命だけは助けてやる!」
嘘だ。この屋敷に侵入し、所有物を持ち去ろうとした時点で奴には死以外の結末は用意されていない。
護衛たちはそれぞれに魔術で己の肉体を強化していく。魔獣と少人数でやり合える者は王国軍でも冒険者たちにも少ないが、貴族が囲う者たちもそれなりに強者ではある。
今なおこの王国はその生息域を広める魔獣に怯えているのだから。
「有難い申し出だが……」
男の声だ。少し低めの妙な威厳を感じさせる声。侵入するためか、黒のワイシャツに、黒のズボン。いずれもよい仕立てのものであるのが見てとれる上下に、フード付きの黒のマント。マントの内側は鮮血のような赤だ。喋り出したヤツの顔はフードによって影のようになり全く見えない。
「すでに屋敷の主人は首のない肉の塊にしてしまった。先に言ってくれてあれば……今度からは門の所に書いておいてくれ」
とんでもない事を言い出した。屋敷の護衛の俺たちは、有事でもなければ雇い主の寝室までもをつきっきりにはしない。ここの主人は夜中にはお気に入りの奴隷を連れ込みお楽しみで部屋のそばに人がいることを嫌ったからだ。
「貴様っ! デタラメをっ!」
「信じてもらう必要もない。いまこの場にいる貴様らはどうせ死ぬのだ」
奴がスラっと、抜いてみせた真っ直ぐの片刃は漆黒で、刀身には複雑な模様が施されており、ただただ美しいものだった。
「我が同胞を拐かしたる貴様らを、生かす道理はない」