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そう言ったフードの男はその身に闇を纏う。その闇は次第に膨らみ、視界を黒色が侵食して行く。
「おいっ! 何だこれはっ、皆これに触れるなっ! さがるんだっ!」
振り返り闇から逃れようとする護衛たちを阻止するかのように、真っ赤な檻が地面からせりあがる。予想外のことに俺も誰も立ち止まり動けない。
その檻の向こうに髪を三つ編みにして顔を軽く伏せて、両手を前で揃えた礼儀正しいメイドがいる。
なんだ? ここの屋敷のメイドにはあんなのはいなかったはずだ。
「申し訳ございませんが、我が主人の命により、ここから先へは行かせません」
抑揚のないその声は完全に俺たちを拒絶するものだった。
「ふざけるなっ! どうやったかは知らんがすぐにこれをひっこめろ!」
同じ護衛の1人がそう言い檻を掴む。
途端にその護衛は大きくのけぞり、痺れたように震え出した。目を剥き口をこれでもかと開いて叫ぶ。それでも掴んだ手は離れない。1人が引き剥がそうとすると「痛いっ」と大声で叫ぶ。
仕方なく別の1人が蹴り飛ばしたかと思うと、掴んだ手が離れず、そこで仰向けに転がってしまった。
目からは次第に血が垂れ流れ口からは赤い泡を噴き出す。顔の血管がメロンのように膨らんで全体を覆う。
依然背はのけぞりガクガクしており下半身からは嫌な臭いのする液体か固体か判断つかないものを生み出して「ああ……痛くない……」と言ったそいつは顔の骨から肉が溶け落ちた。それは全身に渡り、掴んだ左手の骨は肉を落としても檻にこびりついたままだ。
「ひいっ!」「いやあぁ」「うっぷ、う、うおえぇぇ」
ある者はその場に崩れ落ち、ある者はその惨状に悲鳴と嗚咽を、いずれも一様にその場の恐怖に支配されてしまっている。
「気をしっかり持て! 死にたいのかっ⁉︎」
無理とわかっていても鼓舞するしかない。
すでに理解できない現象に俺もさっきから震えが止まらない。
何なんだこれは。貧民街のヤツらがたまにどうにかして屋敷に潜り込もうとするのを止めて嬲り殺しにすることもしばしばあった。
今回は潜入が上手くいって仲間の奴隷でも連れ出そうとしたところで見つけたのを仲良く嬲り殺すいつもとそう変わらない楽な仕事のはずが、何なんだこれは。
明け方に仕事から解放されれば、その惨めな姿と嘆願する顔を肴に同僚と酒を飲むはずなのに。
ふわっと、俺は自分の頬を撫でる風を感じた。
「お前たちは死ぬよりほかないと、そう言っているのだが?」
その時には俺の右肩に顎を乗せたフードの男が、左手の指で頭を鷲掴みにしていた。
その左手にはとてつもない力が込められている。逃げたくても身体も動かない。
真横にきたそのフードの男を覗いたが、その横顔はそれでも判別のつかない影だった。
俺はそういえば先日盗賊にでも入られた様子の他所の屋敷の話を聞いたのを思い出した。屋敷の主人を含め何人かの死傷者を出したはずだ。
そこの連中は使えねえ奴らだななんて思いながら「フードの男が……顔がわからない……黒い……」などと言っていたのを言い訳か何かだと一顧だにしなかったが。
「思い出した、貴様があのくろ──」
俺が言い終えるよりはやく、首を捻り切られた。