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蓮司の相談室2

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蓮司の相談室2

39 - 第39話 静かに壊れていくのが、いちばん怖い

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2025年11月07日

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放課後の教室は、誰もいないのにまだ少しざわついていた。

夕陽の名残が窓ガラスに反射して、床の上に淡い光を落としている。

蓮司は机に肘をつき、古びたノートをめくっていた。

ページの端には、書きかけの言葉がいくつも残っている。


コン、という控えめなノックの音。


「入っていいか?」


低い声。いつもの相談者より、少し年上かもしれない。


「どうぞ」


蓮司が言うと、ドアが開き、背の高い男子が一歩だけ中に入った。

無表情のようで、どこか疲れた目をしている。


「……最近、何も感じないんです」


その言葉は、音よりも軽く、空気の中に溶けていった。


蓮司は顔を上げず、ペンをくるりと回した。


「“何も感じない”って、どんな感じだ?」


「笑っても泣いても、全部同じに聞こえる。

楽しいことも、つらいことも、“そうなんだ”で終わって。

誰かが泣いてても、胸が動かなくて……。

“冷たい”って言われるけど、自分でもどうしたらいいのか分からなくて」


沈黙が落ちた。

時計の秒針が、かすかに音を立てて進んでいく。


蓮司はペンを止め、ようやく視線を上げた。


「壊れる音って、派手じゃねぇんだよな」


相談者が小さく瞬く。


「大声で泣いたり、暴れたりするやつより、静かに何も感じなくなってくやつのほうが、ずっと限界に近い。

自分でも気づかねぇうちに、心が“省エネモード”に入るんだよ」


「……省エネ?」


「ああ。

痛みも悲しみも、処理しきれなくなったら、心が勝手に感情を切る。

感じなきゃ壊れないように。

でもそれって、“壊れない”んじゃなくて、“壊れ方を遅らせてる”だけなんだ」


相談者は、少しだけ眉を寄せた。


「じゃあ、もう終わってるのかもしれませんね。

壊れるの、止められなかったから」


蓮司は首を横に振った。


「止めなくていい。

壊れるのが怖いのは、まだ生きたいってことだ。

それが残ってるうちは、ちゃんと“生きてる”」


相談者は、窓の外に視線を向けた。

空は群青に沈みかけていて、風が木々の葉を鳴らしていた。

その音が、やけに優しく響いた。


蓮司が低く言う。


「何も感じなくなったら、“無理に感じよう”とすんな。

焦ると、余計に麻痺する。

何も感じない自分を責めるな。

そのまま、静かに息してりゃいい。

それだけで、今は十分だ」


「……それで、いいんですか?」


「ああ。

感情ってやつは、死なねぇよ。

時間が経てば、また勝手に動き出す。

その時に“ああ、まだここにいた”って分かる。

それでいい」


相談者は少しだけ息を吐いた。

肩の力が、ほんのわずかに抜けたのが分かった。


蓮司はペンを閉じ、静かに言った。


「静かに壊れるのが怖いのは、まだ“音を聞いてる”からだ。

本当に終わるやつは、自分の音にも気づかねぇ」


相談者は何も言わず、深く頷いた。

その瞳には、まだ薄い影が残っていたが――

その奥には、確かに小さな光があった。



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