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放課後の相談室には、静かな時計の音だけが響いていた。
カーテン越しの光が淡く差し込み、
机の上のマグカップから、かすかに湯気が立っている。
ドアが小さく軋む音。
入ってきたのは、少し俯いたままの女子生徒だった。
制服の袖をぎゅっと握りしめ、
しばらく黙ったあと、小さく息を吐く。
「……“頑張らなくていい”って、よく言われるんです。
でも、それが一番むずかしい気がして。
止まったら、全部終わるような気がするんです」
蓮司は、手にしていた書類を適当に机の端に寄せた。
「なるほどね」と、いつもの調子で軽く言う。
目線は窓の方に向けたまま、
どこか他人事のような声だった。
「頑張るの、嫌いじゃないんだろ?」
「……嫌いじゃないです。
でも、しんどいです」
「だろうね。
でも、“頑張らない”って言われたら、それはそれで不安になる。
なんだか、自分が空っぽになるような」
彼はそう言って、マグカップを片手でくるくる回す。
中のコーヒーが波打ち、小さな音を立てた。
「努力してると、確かに苦しい。
でも、努力してない自分を見たときの方が、もっと苦しい。
……そういう顔、してる」
生徒は何も言わず、唇を噛んだ。
蓮司は少し笑う。
「ほら、図星だ」
間を置いて、静かに続けた。
「“頑張らなくていい”って言葉はね、
“何もしなくていい”って意味じゃない。
“自分を責めるのを、少し休め”って意味だよ」
「……責めるのを、休む」
「そう。
呼吸するみたいに、生きる練習ってやつ。
それだって立派な努力だ」
教室の外から、部活の声が微かに聞こえた。
そのざわめきが遠くで揺れて、
二人の沈黙を、やさしく包み込む。
蓮司は立ち上がり、カップを流しへ運んだ。
「まあ、休むのも仕事のうち。
壊れるまで頑張るのは、要領が悪い」
その口調は軽いのに、不思議と温度があった。
生徒は小さく頷いた。
肩の力が、少しだけ抜けていた。
蓮司は背を向けたまま、ふっと笑う。
「“頑張らなくてもいい”って言葉は、
もう十分頑張った人にしか、届かないんだよ」