コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
この山は大体白い。
何年も何十年ももっと長い間も見てきたけど、大体白い。
南側は真ん中より下くらいは緑。でも上の方へ行くにつれて白い。
北側は前も白かったけど、最近は真っ白。ずっと雪がとまらなくなった。いつからだろう? 分からない。
マイはいつからこの山に居るんだっけ?
今は春? 夏? 北側はきっと冬。ずっと冬。確か国があった気がするけど、これだともうダメね。
どうにかしてあげたい気持ちはあるけど、良くないものがずっといるから北側には行きたくない。
この庵はマイのおうち。小さいけど、あの人が建ててくれた大事なおうち。すき。この庵がマイは好き。
庵のあるこの辺はずっと白い。マイは寒いの平気だけど、囲炉裏には火をつけておくの。あの人が来てくれても寒くないように。
戸を叩く音がする。あの人じゃない。
開けるとヒト種の女の子を咥えた白狼がいる。
(マイ、この子を頼む)
「あなた、ヴォルフ? なんで、狼、の姿?」
(それはどうでもいいことだ。そなたこそ、喋り方を忘れてないか? まあ、それもどうでもいいが、そやつはダリルの客ぞ。この後生き返るから綺麗にして……そうだな、ここは見ておくから、処置したらダリルを連れてくるといい)
「──! 分かった。マイに、任せる」
ヴォルフの連れてきた女の子は北側の国の巫女みたい。
この子の境遇は知らないけど、ダリルさまに会うため。
服は遡行の魔術で元通り。身体は酷いけど、触媒をたくさん身につけてるから使えばきれい。……えい。ほら、まっさら。
マイは用事がちゃんとあるから、用事で仕方なく街に行くの。
「じゃあ、行ってくる」
(ああ、行ってこい)
街は久しぶり。どれくらい? 覚えてない。
ダリルさまの匂いはここからする。大きなドア。開けて入る。
そこには──なんかごちゃごちゃしてるけど、ダリルさまはその奥にいた。
ダリルさまは変わらない。マイの大事なひと。庵を作ってくれたひと。マイの。
ダリルさまは優しい。お茶も淹れてくれる。美味しい。
手を繋いで歩いてくれた。久しぶり、嬉しい。
一緒に朝まで寝てくれた。よだれが恥ずかしいけど拭いてもらえて幸せ。
そろそろ、行かなきゃ。転移石でひとっとび。
「この庵も久しぶりだな。相変わらずあの時のままで、変わらないか。囲炉裏も懐かしいな。マイおいで」
ダリルさまが座った膝の上がマイの特等席。覚えていてくれた。
火が優しく照らしてくれる。ダリルさまはマイを抱えて目を閉じてる。マイもダリルさまを感じて目を閉じる。
「白狼よ、この子がそうなんだな」
ヴォルフは頷いただけ。昔から静かなひとだけど、狼になったら喋れないから面倒くさいのかな?
(話せない訳ではない。しゃべっている風に見せることもできるが、既に通じている話を繰り返す気がないだけだ)
テレパスはするのに。
「マイ。この子を連れて行くから魂を引き抜いてくれ」
「うん。ダリルさまのため。えいっ」
マイは女の子の魂を引き抜く。そして劣化しないようにマイのおまじないを掛けてあげる。
「ありがとう。マイ、また来るよ」
ダリルさまはヴォルフを連れて行ってしまった。
マイは幸せ。ダリルさまに優しくしてもらえて幸せ。
用事がないと街には行けないけど、ダリルさまは約束してくれたから、また会える。
この子がきれいなままでいられるように見ておく。
マイのダリルさまのために。
戻ってきたダリルさまは虹色の輝石を持っている。
サツキの魂はそこに入っているのね。とても幸せに輝いてる。ダリルさまは優しいですから。きっと幸せにしてもらえたのですね。
サツキに魂が戻された。心臓が動き出す。血が巡って死体は生き物にもどる。
「ダリルさま、待たないの?」
ダリルさまが怒っている。何に怒っているんだろう。サツキ? それとも?
ダリルさまが出ていった後は外の雪はやんでいた。
やっぱりダリルさまはすごい。
ダリルさまは生き返ったサツキの記憶にはないひとだから、会わないって言って山をおりた。また来ると約束してくれたからそれだけでマイは幸せ。
サツキは生き返って、でも生贄だからどうしようって取り乱したけど、外の景色を見て泣いていた。
ダリルさまが怒っていたのは、このサツキのためだったんだ。ちょっと羨ましい。
サツキは、生きていたのは幸いだけれど、生贄にされた自分が元の国に戻ることは出来ないって言ってる。
この庵でヒトは生きていけない。
マイにどうしようって相談してくる。ちなみにマイの事を山神様とか言ってる。割と惜しいのがすごい。偶然だけど。マイは生贄とか欲しくないもん。マイが欲しいのダリルさまだけ。
……。
……。
…………!
マイはダリルさまに会いたい。いつだって。約束もあるけど、会えるならいつでも会いたい。
サツキは北側に行けない。ここにも住めない。南側は行ける。住むところが欲しい。
「サツキ。南側に、降りると、街がある。そこにダリルさまいてる。ダリルさまは、優しいひと。マイの大事なひと。ダリルさまも、マイが大事。マイが言ったって、言えば、きっと助けて、くれる。鍛冶屋さんの、ダリルさま。会うといい」
サツキを山の下まで送って見送る。
遠くにダリルさまのいてる街が見える。
サツキはマイの友達。サツキはダリルさまのところにいる。
友達のところに用事があればマイは山を出られる。少しだけど。
だから、マイはもっとダリルさまに会える。
ほんのちょっとだけ、ズルかも知れないけど。マイのわがまま。
ダリルさま──いつかマイが自由になったら。一緒にいたいです。