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ヒト種の王国は英雄の子孫たち貴族を中心に次第に腐敗していく。
ある時、貴族の前を横切った子どもが蹴り飛ばされるという事が起きた。
これまでその地位の差というものが確かにあるものの、表立ってこういった行いはされてこなかった。
驚いた周りの人は問い詰めるが、それについては付き人が制圧し、いかに貴族の力が強いか、いかに自分達がその恩恵を享受する者かを、与える者と与えられる者の立場、飼い主と飼い犬の関係であると貴族の口から直接に宣言されたのだ。
初代よりその兆候はあった。ただ表立ってするかどうかの違い。
処罰などはなかった。表向きは、だ。知られなかっただけで、初代の頃から行われていた。スキルによる隠蔽をもって。
奴隷などなかった。ただ初代はそれを秘密裏に連れてきて自分達の手元でのみ管理していた。虐待した。実験に使った。慰み者にした。
それらは子にも受け継がれ、その子にも、さらに……そうして受け継いできて、今もそうされている。
だが貴族たちにとって、それらを隠し続けるのもそろそろ難しく煩わしい。
スキルは召喚者特有のもの。スキルによらぬ魔術で行うのはかなり高等でそういった高位の魔術士は誇り高く潔癖であったりするために頼れない。
地道な隠蔽工作はストレスになる。
そこに魔獣の包囲網。魔獣の生息域がそろそろ王国を脅かし始めてその対処に多大な負担が生じている。ストレス。
そこで、どちらかの大きなストレスを切る事にしたのだ。問題を起こした貴族だけではない。これは徐々に支配階級たる彼らの中で広まっていったもの。
初代の英雄と呼ばれた彼らが、私欲のために作り上げたシステムの一応は秘密にされてきたところを公にするだけのことだ。
権力者は下々を虐げることに罪悪感など感じない。
力あるものこそが正しい。
いっそ、ハッキリと知らしめてやれば、もっとやりやすい。
道は自分たちが歩くためにある。蟻が這っていても蹴飛ばして踏みつけることに何の問題もないのだ。
むしろ怯え、敬え、と。
貴族の私兵はもとより、王国軍の者たちも散々甘い汁を吸っている。強きに従うことにより、平民たる自分たちも特権階級のような錯覚を覚えた。この時に彼らはその家族もろとも最下位ではあるが貴族の位をあたえられて、英雄の子孫たちの剣となり盾となった。
王国民の二分化。支配する側とされる側。特徴として、支配する側にはヒト種しかいない。そしてされる側はヒト種、各地より連れて来られた獣人種に亜人種。
単体で見れば闘いにおいてヒト種は劣る。しかし戦闘に明け暮れた集団が少数ずつを攻めれば勝つことは容易い。そうして他種族さえも支配下に置き奴隷にもしたのだ。
そして王国は新たな形で出発することになる。ヒト種による支配国家として。
王国は天然の牢獄でもある。それは周囲に群がる魔獣たちの脅威によるもの。
数では王国民とは比べ物にならないほどに少ないが、一体を倒すことすら並みのものでは敵わない。どんなに虐げられたとしても、その外に出ることは出来ないのだ。
貧富の差は大きくなるばかり。やがてスラム街などという掃き溜め地域まで生まれて、それでも支配の中で人々は懸命に生きた。
そんな王国では毎日どこかしらで子どもが生まれる。その子どもたちは生まれながらに貧富の差を受け入れなければならない。
貧しさは心をも蝕む。小さな子どもたちの親の愛すら知らないような瞳にたまたまそこを通った青年はたじろいでしまう。
手にしていたパンの袋をそっと置いて離れて「あげるよ」とだけ声を掛けて様子をみる。
子どもたちは警戒しながらその袋をとり、代表でひとりが一欠片だけ口にする。一つを割って中をマジマジと見る。それらを繰り返す。その間も他の子どもたちが青年を油断なく見張る。
青年はさらに離れてみる。
まだ10歳そこらの子どもたちの集団。
青年は「毒は無さそう。腐ってもないみたい」という会話を耳にしてやっと子どもたちがそれらの危険を判別していたのだと知り、顔を青ざめさせる。
自分はそんな事を気にして食べたことがあるだろうか?
恵まれた自分の知らない世界に青年は顔を歪める。
平民ではあるが、食うに困らない生活ではある。
まあ、買い物を頼まれたパンを置いてきたのだから怒られはするだろうが──。
手に持っていたお釣りも置こうとするが、「そんなの持ってたら何処から盗んだのかと言って捕まっちまうからいらねえ」と言われてまたその境遇に顔を歪めてしまう。
だが最後には「それでもパンありがとうな」と礼を言われて少しだけ安堵できた。
翌日、広場に転がる子どもの死体を見るまでは──。
なんでも何処からか食料を盗んでいたとの事だ。スラムのゴミ溜めに生きる子どもが手にしていたのは、焼きたてのパンだったらしい。何人かいたそうだが、その子どもが自供したという。とはいえ最初は貰ったとか嘘をついていたらしいのが気に入らない平民が、殴る蹴るをして子どもはとうとう動かなくなったというのが真相らしい。
青年は己の愚かさを呪った。浅はかさを恨んだ。昨日の行いは、パンを買えなくて親に怒られるけど、孤児にパンを与えてやったという自身の自己満足なだけの行為で、その結果がこれなんだと……しばらくの間呆然と眺めてから、せめて埋葬だけでもと、覚束ない足取りで拾い上げようとするのを大人に止められる。
子どもはズタ袋に乱雑に詰め込まれて何処かに捨てられてしまった。
貧しさは人々の心をも蝕む。平民同士ででも手を取りあえば良いだろうにと青年は常々思っていたが、貴族に抑圧されて生きる平民たちだからこそ、差別が横行しているのだ。
自分よりさらに下の立場の者が居ればいいのだと、アレよりはマシだと。
青年はスラムの子どもたちに泣いて謝った。ヒト種もいる、獣人種も亜人種も。貧しさに喘ぐ大人たちもいるそんな中で謝った。狐の獣人の子が頭を撫でてくれた。パンありがとうねって。ドワーフの子どもも、にいちゃんは悪くねえよなんて言ってくれて、エルフの捨て子も獣人の子と同じに撫でてきて、犬ころには顔を舐められた。
青年は「きっと俺がみんなを助けるから」とだけ言い残して我が家に帰っていった。
空には大きな三日月が夜の街を薄く照らしている。
青年は自宅の屋根の上で寝そべって、静かにそれを眺めていた。
青年の決意は固い。この星空の下に平等で平和な世界を心に描いていた。