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「そうきたか」
巨木と一部が一体化しているログハウスの前に今、焔達二人と一冊が立っている。空はもう、少しだけ陽が落ち始めているが、夕方とも言えぬなんとも微妙な時間だ。でも今から走って村まで行くとなると途中で暗くなる事は不可避であろう頃合いではあった。
『ここまでの変化も出来るとは、この先も馬要らずで済みそうですね』
焔とソフィアが今のリアンの姿を見て満足気な顔をしている。真っ黒で巨大な、魔狼かと見紛う程に立派な妖狐の姿をしているので当然と言えば当然かもしれない。三メートルを優に超えていそうな巨体を低い体勢にして背中に乗りやすいようにしている。獣耳の後ろから生えている大きな角や体毛の色も全てが全て真っ黒で、闇夜を走っていたらその姿を捕捉するのは困難を極めそうだ。瞳の色が青く澄んでいる点にかろうじてリアンの面影を残してはいるが、元の姿を想像する事は完全に出来ない容姿になっている。
「角を狐耳にしてみたり、尻尾を生やしたりもしていたから変化の術が使える事までは想像出来ていたが、ココまで姿を変えられるとはな。……何で一昨日はやらなかったんだ?」
出会った初日はなかなかな距離を二人で歩いて此処まで辿り着いたので、焔は不思議でならない。
「あの時点では、まだスキルなどの開放をしていなかったので変化は使えなかったのです。ログハウスを造る直前に色々いじらせて頂いたので、今は可能ですけどね」
城に居た頃は自由に変化も出来たのに、『召喚魔』として焔と契約した時点で色々な能力に対し制約がかかっていたのだが、ソレはもうリアンの言う通り全て解除済みだ。
『変化の術でしたら、確か主人も出来ますよね』
「あー……こっちの世界ではどうかな。やっていないからわからん」
後頭部をガシガシと無造作にかき、焔が息を吐く。肉弾戦向きの攻撃や縁結び一辺倒な彼は、元々あまり変化の術は得意では無い。リアンの見事な変化を前に『貴方も出来る』と話を振られてしまうと何とも微妙な気持ちになった。
「それに俺の場合は、実際に姿形が変わるのでは無く、『そう見える様にしているだけ』だからな。変化の術が使えるとは言えんだろう」
なので今やってみせる気にもなれず、誤魔化すみたいに焔はリアンのモフッとした背中に早速跨った。
「……うお」
手がふっさふさな毛の中にぐんっと沈み、脚などに感じる体温の心地よさと鼻腔を擽ぐる獣っぽい匂いとが『この背中に顔を埋めたら気持ちいいのだろうな』と思わせてしまう。
『リアン様のお背中は如何ですか?落ちないようにしっかり掴まって下さいね』
「おう」と短く答え、焔が素直に首の辺りにしがみつく。そうされた事で、リアンの凛々しい妖狐めいた口元がだらしなく緩んだ。
「主人、主人。もっとしがみついてくださってもいいのですよ」
「これで十分振り落とされはしないと思うんだが。なんだ、首でも締められたいのか?変わった趣味だな」
「いえ。でも何というか、私の背中に主人の股間のアレが当たる感触とか、腕から感じる体温だとかが、かなり気持ち良くてですねぇ——」
「死ぬか?今すぐに」
リアンの言葉を遮り、首元に回している腕に力を入れて死なない範囲で首を絞めてみる。 するとリアンは「しょ、正直に言い過ぎました、すみませんっ」と素直に謝ったのだが、言葉が言葉だったのですぐには解放してはもらえなかったのであった。
「——で、では……改めて。村までパッと行きますか」
ゴホンッと咳払いをし、気持ちを切り替えたリアンが村に向かって、まずはゆっくりと走り出す。ソフィアは焔の着ている魔導士っぽいデザインをした衣装のフード部分に入り込んでおり、一緒に運んでもらう気満々だ。 拠点は一時的に無人となるが、先程リアンが魔法できっちり鍵を掛けたので侵入者の心配は無いだろう。
「方角はこちらで合っていますか?」
『はい。このままほぼ一直線に向かって下さって問題無いです』
「了解です。では、速度を上げていきますね」
そう言って、駆け足程度だった速度がグンッと一気に加速していく。木々は避けつつ、でもほぼ真っ直ぐ進路から外れる事も無いまま、リアンはどんどん目的地に向かって進んで行った。
念の為、上空から魔族達に自分の姿を捕捉される事の無いように木陰を意識して駆けて行く。竜人族であるケイトがもしこの付近を空から探していたら見付かってしまう心配があるので、あまり下手な真似は出来ない。『隠れ身の仮面』を使えれば良かったのだが、リアンだけが消えていると不自然さが強くて無駄に目立ってしまうかもしれないので直ぐに使用は断念した。
後はもうただひたすら気を遣って進む以外他に無く、村に行く事を自分で提案しておきながら心臓はバクバクと不安で鼓動を早めていた。
(ケイトは目敏いからな。俺のこの姿は見た事が無いはずだが、何か不審な者が森の中を駆けているとなれば対象を確認しようとする可能性だって捨てきれない)
岩を跳ね越え、小川も妖狐の巨体で一っ飛びにして行く。色々と不安を胸に秘めつつも、村まで向かう足取り自体は少し嬉しそうだ。
無事に村まで到着してしまえばこちらのもの。
ケイト達が『魔族』である以上村の中まではそう易々とは入って来ないはずだ。わざわざ侵入する時はもう、その村や町を陥落させる時くらいなものだろう。
普段通り漆黒の角を生やしたままでいれば自分も魔族である事がバレてしまうが、先程の様な狐タイプの獣人の姿であれば普通にデートを堪能出来るに違いない。獣人族は希少種ではあるが、珍し過ぎて目を引く程ではないと部下達からは聞いている。
(何か問題があるとすれば、デートを楽しめるくらいの施設が目的の村にあるかどうか、だな)
気持ちが段々とケイト達への警戒心や連れ戻される事への不安から逸れて、目前に迫った楽しみへと移行していく。初めてのデートだ。きちんとエスコートしたい所だが、いかにもな事を焔が喜んでくれるとは思えない。
(最後のシメは絶対に村の宿屋で魔力補充する事だけは確定しているが、さて……他はどうしたものか)
リアンはこの世界に来てから相当長いし、ベースになったゲームの企画者でもあるが、人間達の村などには関与していないので目指している村の事は全く知らない。
大都市に関しては多少企画書に雰囲気だけは書いてはいたが、早い段階から魔族達の方にのめり込んでいた為、人間達側の現状がどんな物になっているのか全く想像がつかない。立場的にも『気になるからちょっと見に行こうか』という訳にもいかなかったし、近年はほぼ城に監禁されているも同然だったので尚更無理だった。
「あとどのくらいなんだろうな」
焔の問い掛けに『ここからなら十キロも無いと思います。早いですねーリアン様は』と、フードの中からソフィアが答えた。
「村の名前は何だ?」
『カバールです。小さな村で、そうですね……規模のイメージとしては、良くも悪くもRPGでいうところの“始まりの村”といった言った感じです』
「うん、わからん。俺はゲームの画像を見た事がある訳じゃないからな」
「あんまり話していると、舌噛みますよ」
リアンにそう言われ、焔が即座に黙る。そして焔が一層体を背中に寄り添わせると、リアンの駆ける速度がグンッと上がった。まるで焔が甘えながら背中に抱きついてきたみたいで正直興奮する。そんな中、焔がスリッと軽く頰をモフッとした背に擦り寄せてなんてきたもんだから、もうこのまま森の中で青姦でもいっちょ決め込みたいくらいの気分にまでなってきた。ソフィアが同行していなければ、確定でこの場にて妖狐の姿のまま獣姦めいた交尾を楽しんでいた事だろう。もちろん、そんな事をしても楽しいのはリアンだけなのだが…… 。
「——さて、着きましたよ!」
拠点から一番近い村の入り口付近でリアンが止まった。体を低い体勢にすると、それを合図としたみたいに焔が彼の背中から飛び降りる。着ている衣装のフードからソフィアも飛び出し、三人が横並びになって小さな村へ顔を向けた。
「“始まりの村”か、なるほどなるほど」
腕を組んで焔が頷く。程良いサイズの村はコンパクトにまとまっていて、村の周辺は畑に囲まれていた。ほとんどの建物は一階建ばかりだが、商店街っぽい場所には二階建てのものもちらほらとあるみたいだ。
近隣に羊や蛇がいないかをリアンが魔力を使って瞬時にこっそりとサーチする。互いが認識出来る範囲にはそれらが居ない事を確認すると、巨大な妖狐の姿を元の容姿へと戻していった。念には念をと『隠れ身の仮面』をしようかと一瞬考えて軽く仮面に触れはしたが、すぐに思い留まる。
(片方が姿を消していては、デートとは言えない!)
そう思ったからだ。なので代わりに村全体に、村の周辺から、魔族達が自分達を認知出来ない様に結界的なものを張り巡らせていく。防犯カメラに映る映像を常に何の変哲も無い日常の繰り返しのみに変えて、その間の犯行を隠すみたいな仕組みだ。
(キーラの従属である羊は村の中には居ない。ナーガに使役している蛇達だってそもそも人里の中までは来ないだろう。だから上空からの様子さえ誤魔化せばケイトの探査も回避出来る……よし、完璧だ)
ふっと笑い、リアンが狐っぽい黒い尻尾を嬉しそうに揺らした。
村でデートする事を目的としているので、姿はもう『魔王リアン』のソレでは無く、狐タイプの獣人族の容姿になっている。仮面はいつでも装備出来る様に腰から下げてはいるが、服装は村人1の様なシンプルな格好のままだ。
「では、早速行ってみましょうか」
一歩前に出て、リアンが振り返って焔に手を差し出す。沈み始めた夕日が眩しくって、それを背にしているリアンの姿が輝いて見える。逆光のせいで表情は読み取り難くなってはいるが、そんな彼の姿を前にして、焔は懐古の念を胸の奥に感じた。
「……どうかしましたか?」
立ち尽くしている焔に対し、リアンが問い掛ける。
「あ、いや……何でもない」
素直にリアンの手を掴み、恋人の様に繋いで村の中へ二人と一冊が入って行く。
黒髪に褐色の肌、今は狐の耳と尻尾を生やしたリアンと並び合って歩いて行きながら焔は、自分が一体何に対して懐かしさを抱いたのかが気になって仕方がなかった。