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第8話▶︎悩んで 間違って 見つけた / side勇斗
カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、部屋の隅を淡く照らしていた。こんなに静かな夜なのに、胸の奥だけがやけに騒がしい。
暗闇に溶けたさっきまでの空気も、まだ少し残っている気がする。
言いすぎた、とか。あんな顔させるつもりじゃなかった、とか。それでも、確かに柔太郎を繋ぎ止めた、ぎこちない指先の温度とか。
その名残みたいなものが、この部屋の隅に、まだ沈んでいる。
すぐ隣で、柔太郎は眠っている。
さっきまで少し赤かった目元も、今はすっかり落ち着いていて、規則正しい呼吸を繰り返している。少しだけ開いた唇。頬にかかる前髪が、吐息に合わせてわずかに揺れる。
無防備で、あどけない寝顔。
「柔太郎」
声に出してみても、もちろん起きない。分かってる。分かってるから言えるんだ。こんなふうに、独り言みたいに、ひとりごとみたいにしか、今は呼べない。
さっきのケンカだって、ほんの些細なすれ違いだ。言葉の選び方が少し悪くて、タイミングまで悪くて、変に意地を張ってしまって。
柔太郎があの日、一人で出て行ったとき、少しだけ怖くなった。
——ああ、このまま離れたらどうしよう、って。
「……情けないよな」
小さく笑う。年上のくせに、こんなことで不安になるなんて。
初めて会った日のこと、俺はハッキリ覚えてる。
日常では浮くくらい整った顔立ちのくせに、想像できないくらい人懐っこく笑って、距離なんて最初からないみたいに近づいてきて。
俺は一歩引いて、適当に受け流してたくせに、 気づいたら、視線でお前を追ってた。
お前の視線に、それに気づいてしまうくらいには、もう、とっくに惹かれてたんだと思う。
どうでもいい話で笑って、筋トレで競い合って、部活終わりの帰り道も、なんとなく一緒で。
そういう、どうしようもなく小さい時間の積み重ねが消えない光みたいに鮮明に思い出されるんだ。
で、気づいたらもう戻れなかった。
「…お前はいつからだったんだろうな」
呟いても、答えは返ってこない。返ってこなくていい。これは俺のひとりごとだから。
柔太郎が誰かに褒められて嬉しそうにしてるとき、少しだけ胸がざわつく。
誰かと楽しそうに話してるのを見ると、妙に落ち着かなくなる。
表情が曇ると、それだけでどうしようもなくなる。
こんなふうになるなんて、思ってなかったのに
この関係が壊れるのが、嫌で仕方なかった。
さっきみたいに、ほんの少し距離ができるだけで、こんなに息が苦しくなるのに。
これ以上なんて、耐えられそうになかった。
「ほんと、ダサいよな」
眠っている頬に、そっと指先を近づける。
「こんなに好きなのにさ」
言葉にした途端、胸の奥がじんわり熱くなって、少しだけ痛む。
俺に好きだと言ってくれたときの柔太郎の照れた顔が、頭から離れない。
……ああ、本当に。
守りたいって、思った。
「……なあ」
当然、返事はない。分かってる。それでも、言わずにはいられなかった。
「もしさ」
言葉を選びながら、慎重に続ける。
「もし俺が、誰にも渡さないって言ったら」
喉の奥が詰まる。続きがうまく出てこない。
「…どうする?」
沈黙が落ちる。
夜の音だけが、やけに近くて、遠い。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「なんてな…」
苦笑して、もう一度触れようとした手を、そっと引っ込める。
やっぱり無理だ。こんなふうに、寝てる時にしか言えない。
でも、それでもいいと思ってしまう自分もいる。
こうして、ぶつかって、少しづつ分かり合って、また隣にいられること。
その繰り返しの中で、今夜みたいに、誰にも知られないまま、静かに好きでいられる時間。
それはきっと、どうしようもなく、幸せなことだから。
「おやすみ」
小さく囁く。
今度は、さっきよりもずっと静かに。
やすらかな寝顔をもう一度だけ見つめて、俺は目を閉じた。
触れなかった指先の代わりに、胸の奥で名前を何度もなぞる。
——こんな日々が、ずっと続けばいい。
できれば明日は、今日より少しだけ、やさしい形で。