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2.5次元舞台『漆黒のヴァルキリー』での圧倒的な存在感、そして短編映画『透明な群青』で見せた透明感あふれる演技。さらにバラエティで見せた不屈のカリスマ性。
芸能界で「役者・榊美裕」の価値が跳ね上がる中、事務所に舞い込んできたのは——**国民的大ヒットアニメ『月華のアルテミス』の超大型実写映画化作品における、メインキャストのオファー**だった。
「……アニメの実写映画化、ですか!?」
応接室で台本を開いた私の手が、微かに震えた。
前世で何度もアニメを観込み、実写化発表のたびにネットのスレで議論を交わしていた、あのジャンル。原作ファンからの期待と同時に、苛烈な批判や比較に晒される「芸能界で最もリスクの高い戦場」だ。
「ええ」
黒岩Pが禁煙の部屋で未点火の煙草をくわえ、鋭い眼光を向ける。
「オファーされた役は、主人公の宿敵であり、月世界の孤独な美しき騎士・ルキア。アニメ版の声優の演技があまりにも完璧で、実写化決定のニュースだけでネットは大炎上中よ。『アニメのイメージを壊すな』『誰が演じても爆死確定』ってね」
「……ルキア」
台本に描かれたキャラクターの画を見つめる。
冷徹で、けれど圧倒的な気高さと哀愁を纏った騎士。前世の私なら「実写化なんて絶対無理だろ!」とネットに書き込んでいたかもしれないほどの超難役だ。
「美裕、断ってもいいんだぞ」
マネージャーの康弘が心配そうに身を乗り出してくる。
「アニメの実写化は当たればデカいが、原作ファンの叩きはこれまでの比じゃない。玲奈の件だって抱えてるのに、これ以上リスクを背負う必要はない」
「——いいえ、やります」
私は迷わずに康弘を見つめ返した。
前世の私が愛したアニメの世界。
原作への愛があるからこそ、ファンが「実写化」に対して抱く恐怖や怒りの気持ちは誰よりも分かる。だからこそ、ただの話題性やビジュアル真似ではない、**「生身の人間が演じるからこそ生まれる本物の説得力」**をスクリーンに叩きつけたい。
「二次元の壁を越えて、アニメファン全員を黙らせてみせます。私を選んでくれた監督と、原作のルキアのために」
黒岩Pがニヤリと口角を上げた。
「決まりね。……この映画で成功すれば、あんたの女優としての地位は揺るぎないものになるわ」
**【顔合わせ・衣装合わせ当日:撮影スタジオ】**
スタジオには、原作アニメの監督や映画版のメガホンをとる巨匠、そして豪華キャスト陣が集結していた。
「……あ、君が榊美裕さんね」
声をかけてきたのは、原作アニメの監督だった。彼は少し不安そうな、けれど試すような目で私を見つめた。
「正直に言うよ。ルキアは『女性のしなやかさと、男以上の気高さを同居させた、この世に存在しないような美』を持つキャラだ。実写化にあたって一番キャスティングが難航した。君がトランスジェンダーであり、2.5次元舞台で圧倒的な評価を得たからこそ選んだけど……原作ファンを納得させられるかは君の肩にかかっている」
「はい。アニメ版のルキアの声を、立ち振る舞いを、何度も身体に叩き込んできました。逃げずに挑みます」
私が深く一礼すると、監督は私の「瞳の強さ」に息を呑み、ゆっくりと頷いた。
スタジオの影で、そのやり取りを静かに見つめていた人物がいた。
神城玲奈だ。
C小町のメンバーとして見学に付いてきていた玲奈は、豪華な衣装に身を包み、鋭い光を放つ私を、狂おしいほどの愛おしさと執着を孕んだ瞳で見つめていた。
(……あぁ、まただ)
玲奈の手が、衣装のポケットの中で強く握り締められる。
(美裕ちゃんはまた、誰も届かない高い場所へ行こうとしてる。アニメの壁すら超えて、みんなの『奇跡』になろうとしてる……)
(原作ファンに叩かれて、炎上して、ボロボロになればいいのに。そうしたら……私が全部受け止めてあげられるのに。なのに……どうして美裕ちゃんは、そんなに嬉しそうに戦場へ向かうの……?)
玲奈の口元が、暗闇の中で歪に吊り上がる。
「……大丈夫だよ、美裕ちゃん。どんなに高い場所に登っても……私が絶対に、下から支えてあげるからね。……私のやり方で」
原作ファンの厳しい視線、巨額の制作費がかかった超大型実写映画というプレッシャー、そして隣で肥大化し続ける玲奈の歪んだ愛。
すべてを背負い、榊美裕は「二次元と三次元の境界」を穿つ、新たな挑戦へと足を踏み出した。
撮影初日。都内近郊の大型スタジオに充満していたのは、重苦しくピリついた空気だった。
『月華のアルテミス』実写映画化。その撮影現場の片隅で、パイプ椅子に深々と腰掛け、眉間に深いシワを寄せている男性がいた。原作漫画家の**神楽坂(かぐらざか)先生**だ。
「——違う。全然違う」
監督の「カット!」の声が響くと同時に、神楽坂先生の低く冷ややかな声がスタジオに通った。
「ルキアはそんな風に剣を構えない。そんな感情的な顔もしない。僕が描いたルキアは、月世界の冷徹な美学そのものなんだ。生身の人間が演じると、どうしても『安っぽいコスプレ』にしか見えない」
これで、今日何度目のダメ出しだろうか。
主演の若手俳優も、監督も、現場のスタッフ全員が胃を痛めて顔をこわばらせている。
原作者による徹底的な「NO」。
前世でネットのニュース記事として幾度となく目にした『実写化映画の悲劇』。原作者と現場の乖離、原作ファンへのリスペクトの欠如——そのリアルな地獄が、今、目の前に広がっていた。
「……次、榊さんのソロカット行きます」
助監督のおそるおそる上げた声に、私はすっと息を整えた。
黒地に銀の刺繍が施された、重厚な騎士の衣装。
神楽坂先生の視線が、私へと突き刺さる。その瞳には「どうせお前も、話題性だけで連れてこられたイロモリのアイドルだろ」という強烈な不信感が宿っていた。
(分かるよ、先生……)
私は剣の柄に手をかけながら、胸の中で神楽坂先生に語りかけた。
(自分の生み出した大切な我が子(キャラクター)が、大人の事情で歪められるのが許せないんだよね。前世の私も、好きな作品の実写化にはいつだって怯えてたから……痛いほど分かる)
だからこそ、言葉での反論なんて意味がない。
「原作者が納得しない実写化」なんて、ファンにとっても作品にとっても不幸でしかないんだ。
「『月華のアルテミス』シーン35、カット1——ロール、スタート!」
カチンコの音が響いた瞬間、私は「榊美裕」を捨てた。
前世の男だった頃の孤立感。
トランスジェンダーとして生きてきた中で削ぎ落としてきた、自分自身の「肉体の生々しさ」。
そして、2.5次元舞台と映画で培ってきた、二次元のシルエットを殺さずに三次元の肉体に憑依させる技術。
私は、ゆっくりと剣を抜いた。
カチャリ、と金属音が響く。
視線を落とし、刃に映る自分の瞳を見つめる。
そこにあるのは、感情を殺した冷徹な光——けれど、その奥底で「守るべき月」を想い、孤独に身を焦がす騎士ルキアの揺らめく魂。
「——我が剣は、月に捧ぐ。……地上に穢された者よ、去れ」
吐き出したセリフ。
声のトーン、息の抜き方、視線の落とし方。それはアニメ版の声優へのオマージュでありながら、生身の人間(私)の喉から出たからこそ宿る、圧倒的な「生のリアリティ」だった。
一瞬で、スタジオの空気が凍りついた。
誰も口を開かない。スタッフの誰かがゴクリと唾を呑む音すら聞こえる。
「……ッ、カット!!!」
監督の叫び声。
私はゆっくりと剣を鞘に戻し、緊張の面持ちで神楽坂先生の方を振り返った。
神楽坂先生は、パイプ椅子から立ち上がっていた。
先ほどまでの険しい顔は消え、目を見開き、震える指先でモニターを指差している。
「……君」
先生が歩み寄ってきた。靴音が響く。
「君は……ルキアのあの『第42話の扉絵』の表情を……理解して演じたのか?」
「はい」
私はまっすぐに先生の目を見つめ、深々と頭を下げた。
「あの扉絵のルキアは、冷酷な仮面の下で、初めて自分の運命を呪っていたはずです。単なる『冷たい敵役』じゃありません。……私は原作者である先生が描いたルキアの『孤独』に惚れて、この役をお引き受けしました。先生の描いた世界を、絶対に汚させません」
神楽坂先生の唇が、微かに震えた。
そして——固く結ばれていた先生の口元が、ゆっくりと緩んだ。
「……参ったな」
先生は頭を掻き、フッと笑った。
「まさか、僕が頭の中でしか描けなかった『本物のルキア』に、こんな場所で会えるとは思わなかったよ。……監督、撤回する。さっきのカット、完璧だ。今の彼女を中心に、シーンを撮り直そう」
スタジオ全体に、破れるような安堵の溜息と拍手が広がった!
「やったな、美裕……!」
袖で見守っていた康弘が、目頭を熱くして小さくガッツポーズを作っている。
私は安堵の息を吐き、胸を撫で下ろした。
二次元の壁を越えた。原作者の「魂」と通じ合えたんだ。
——しかし。
スタジオの暗い影の隙間から、そのやり取りをじっと見つめていた人物がいた。
神城玲奈だ。
玲奈は、原作者に絶賛され、現場の中心として光を放つ私を見つめながら、ゾクゾクとした狂おしい笑みを浮かべていた。
(すごいよ、美裕ちゃん……。原作者の心まで奪っちゃうんだね……)
ポケットの中で、玲奈の指がカミソリの入ったお守り袋をギュッと押し潰す。
(みんなが美裕ちゃんを愛していく。みんなが美裕ちゃんを求めていく。……あはっ、最高だよ。そうやって世界中から愛されれば愛されるほど……私が美裕ちゃんを奪って壊した時の『絶望』が、一番綺麗になるんだから……)
原作者の信頼を勝ち取り、実写映画の現場を救った感動の裏で。
C小町の『劇薬』は、さらに深く、暗く、美裕への執着を尖らせていた。
コメント
1件
読ませていただきました!第18話、めちゃくちゃ熱かったです……! アニメの実写化、しかも超難役のルキア。原作ファンの反発が怖いと分かっていながら「二次元の壁を越えて黙らせてみせる」って言い切る美裕さんの覚悟がカッコよすぎます。それに、原作者の神楽坂先生に「孤独」を読み取って演じたシーンは、本当に震えました。あの「参ったな」からの笑顔、現場の空気が目に浮かぶようでした。 でも、玲奈の歪んだ愛がどんどん深くなっていくのが怖くて……。あの「私のやり方で支える」の台詞がゾッとしました。次が気になります!
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#【推しの子】
#SAKAMOTODAYS
おとうふ 紹介文読んで🙇
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りな
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