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ズジはその夜のうちに、無料冊子の臨時号を書き上げた。
再開発の未来図に載っていない店舗数。立ち退き交渉の進み具合の食い違い。相談名目で集められた個人情報が噂へ変わる流れ。数字はマイナ、表現はズジ、法の言い回しはジュレイが見た。
「これ、朝に刷れれば流れを止められる」
ズジは髪をかき上げる。
「全部は無理でも、疑ってもらえる」
ところが、印刷を頼んでいた小さな印刷所から、夜更けに電話が入った。
『すみません、今日は機械が……』
声が震えていた。機械の故障ではないと、誰が聞いても分かる。
「脅されたな」
リボルが言う。
ズジは電話を切ると、原稿束を抱えた。
「だったら持ってく。版だけでも残せば、朝までに別の場所で――」
その瞬間、工房の外でバイクの音が止まった。
全員が顔を上げる。
サペはすぐ立ち上がった。
「ズジ、原稿」
「ここ」
「持って」
ピットマンがすでに玄関へ向かっている。
「全力で運ぶなら任せろ」
結局、サペとピットマンとズジの三人で、町外れの印刷所へ走ることになった。夜道はぬれていて、街灯の下だけが白い。
途中、後ろから黒い車が二度、同じ角を曲がってきた。
「尾けられてる」
ズジが息をのむ。
「だったらなおさら止まるな」
ピットマンが叫ぶ。
サペは原稿袋を胸へ抱え直した。紙の束が、やけに熱く感じる。言葉を守るのに、こんなふうに走る夜が来るとは思わなかった。
町外れの小さな印刷所へ飛び込むと、眠そうな老夫婦が顔を見合わせ、それから何も聞かずにシャッターを下ろしてくれた。
『若い人が夜に紙を守りに来るなら、刷らない理由はないよ』
機械がゆっくり回り始める音を聞いた時、ズジはやっと肩の力を抜いた。
外ではまだ、黒い車が通りをうろついている。
けれど今夜だけは、紙の方が先に朝へ着く。
#勧善懲悪
#勧善懲悪