コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の相談室。
薄曇りの窓の向こうで、夕陽がにじんでいた。
蛍光灯の光に照らされた机の上で、紙コップの温かいお茶が、かすかに湯気を立てている。
「……笑うたびに、苦しくなるんです」
目の前の生徒が、ぽつりとこぼした。
「ほんとは楽しいのに。笑ったあと、急に“こんな自分でいいのかな”って思って……」
遥は、黙って聞いていた。
相手の指が、机の端で小さく震えていた。
「誰かと笑ってるとき、なんか、悪いことしてる気がして」
「悪いこと?」
「だって、私だけ笑ってる。
誰かがつらい思いしてるかもしれないのに、
自分だけ楽しんでるって、なんか……罪みたいで」
遥は少しだけ目を伏せた。
静かな間が流れる。
窓の外では、部活の掛け声が遠くに響いていた。
「……たぶん、それは“優しさ”の形だと思うよ」
「優しさ?」
「人の痛みに鈍感になれたら、楽なんだと思う。
でも、そうなれないってことは、
誰かの痛みを、ちゃんと感じてるってことだから」
「でも、そんなの疲れます」
「うん。優しい人ほど、笑うことにも傷つく」
彼はそう言って、紙コップを両手で包んだ。
「笑うって、本当は“生きてていい”っていう証みたいなものなんだ。
でも、生きてることを許せないと、笑うたびに痛くなる。
──俺も、そうだった」
相談者が顔を上げる。
「今は違うんですか?」
遥は少しだけ間をおいて、曖昧に笑った。
「わかんない。
けど、“笑ってはいけない”って思うたび、
それでも笑ってくれる誰かのことを思い出すんだ。
その人の笑顔だけで、少しだけ、罪悪感がやわらぐ気がする」
少女はしばらく黙っていたが、
やがて、ほんの少しだけ口角を上げた。
それは、痛みの中に生まれる、かすかな光のようだった。
「……私も、そんな笑い方ができたらいいな」
「きっと、できるよ」
遥の声は、やさしいというより、どこか祈るようだった。