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私が驚愕に声を上げると、アベル様はぐっと眉間に皺を寄せ、
「帰らないでくれ」
「……え?」
「話したいことがある。それとも――」
足早に近づいてきたアベル様は、辛そうに顔を歪めながら私を見下ろし、
「俺とはもう、口もききたくはないか」
「え!? はっ、その!?」
「このような形で呼び出してしまったこと、申し訳なく思っている。だがこうでもしないと、俺の誘いには応じてはくれなかっただろう。だが情けなくも”権力”を振りかざしてまで、なんとしてもキミにもう一度会いたく――」
「ちょ……っ、お待ちください、アベル様」
無礼にも言葉を遮るも、アベル様は不快ではなく疑問を浮かべ、
「どうした」
「おそれ多くも、アベル様はどうにも、大きな誤解をされているようですわ」
「誤解?」
私は「ええ」と頷き、
「まず一つ目に、私は帰ろうとしていたのではありませんわ。休憩室へ向かっておりました」
「だが、休憩室はこちらでは」
「その……お恥ずかしながら、迷ってしまいまして……」
「…………」
驚愕と、真意を見極めようとする瞳が、なんとも居心地悪い。
けれどもここで黙ってしまっては、アベル様の誤解は解けないままだ。
自身を鼓舞し、恥を振り切るようにして「続いてですが」と口を動かし、
「アベル様と口をききたくはないなど、あり得ませんわ。むしろ……アベル様が、私を疎んでおいでだろうと考えておりました。たとえ断罪されても、仕方のないことだと。聖女祭で多大なる温情を施していただいたにもかかわらず、許されざる無礼を働いたのは、私ですから」
「それは、違う」
アベル様は強い口調で即座に否定し、
「マリエッタ嬢は教会に……聖歌隊に友人がいると教えてくれていた。聖女祭には、必ず教会に通っていたと。なのに俺はキミの事情など何一つ考慮せず、自分の欲のまま連れ出してしまった。キミに非はない」
「アベル様……」
「すまなかった」
「!」
下げられた頭に、私は慌てて「アベル様が謝罪なさる必要はありませんわ!」と声をはる。
「どうか頭を上げてくださいませ、アベル様。私はアベル様に謝罪いただけるような立場ではありませんわ。ですが……ありがとうございます。お許しいただけるのだと知れて、気持ちが軽くなりました」
本当はずっと、心残りだった。
一番ではなかったとはいえ、アベル様は一度心を寄せた相手。出来ることならば、恨まれていたくはなかったから。
(よかった、お許しいただけるのね)
安堵と感謝に微笑んだ私に、アベル様は一瞬、面食らったようにしてから、
「……マリエッタ嬢。疲れたのなら、休憩室とは別の部屋を用意させよう」
「え?」
「用意させた部屋には他の令嬢もいるはずだ。他の目がないほうが、ゆっくり休めるだろう」
(それはもちろん、一人のほうが気が楽だけれども)
アベル様は優しい。
ずっと気に病んでいた私を気遣って、このような提案をしてくれたのだろう。けれど。
私は淑女の微笑みをうかべ、
「お気遣いありがとうございます、アベル様。ですが私だけご配慮いただくわけにはいきませんわ」
「なぜだ」
「アベル様を慕い集ったご令嬢の方々に知られてしまいましたら、羨まれてしまいますもの」
ここにはアベル様に見初められようと必死なご令嬢方が集まっている。
アベル様はただ親切心から気遣ってくれただけにすぎなくとも、私が”特別扱い”されているなど知られたら……。
それこそあることないこと噂され、私も、アベル様も。そしてルキウスにも、迷惑がかかるに違いない。
(私も大人になったものね)
恋は盲目というけれど、たしかにアベル様を想っていた時の私は、どこか冷静さを欠いていた。
(手遅れになる前に気づけてよかったわ)
「アベル様とお話しましたら、元気がでましたわ。会場に戻ります。アベル様もお戻りくださいな。お待ちのご令嬢が大勢いらっしゃいますでしょうから。……この国の未来に繋がる大事なお茶会だというのに、お手を煩わせてしまって、申し訳ございません」
アベル様の大切な婚約者探しを、邪魔したくはない。
深々と頭を下げ、会場に戻ろうと一歩を踏み出す。刹那、
「待ってくれ」
はしりと手首を掴まれ、振り返る。
「アベル様?」
見上げた先。切なく揺れ動くのは、一等級の宝石に引けを取らない、深いコバルトブルーの瞳。
彼の薄い唇が戸惑いを振り切って開き、
「代々王家の伴侶には、聖女が選ばれることが多い。俺の母も、そうであったように。だから幼い頃から自分も父と同じように、”聖女”と結ばれる運命にあるのだと。そう、考え続けていた。……だが」
アベル様の掌に力がこもる。
(……どうして)
どうしてそう、熱のこもった瞳で私を見るのだろう。
この目には覚えがある。まるで、かつて彼に焦がれていた私の――。
「運命ではなく、俺は俺の意志で伴侶を選びたい。初めてそう、思えた。……マリエッタ嬢。俺はキミを――」
「探しましたよ、アベル殿下」
「!?」
突如として響いた軽やかな声に、二人揃って視線を跳ね向ける。
国に忠誠を誓う真っ黒な制服。柔く凪いだ風に踊るのは、私のドレスと同じ銀糸の――。
「ルキウス、さま」
強張る頬で零した私に、彼がにっこりと麗しい笑みを作る。
(どうしてルキウスが……!?)