テラーノベル
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焚き火の火が、ぱちりと弾けた。
夜のシャーウッドの森は静かだった。
仲間たちは寝静まり、聞こえるのは虫の声と風に揺れる木々のざわめきだけ。
ロビンは膝を抱えたまま、火を見つめていた。
向かい側ではマリアンが小枝で火をつついている。
しばらく黙っていたロビンが、不意に口を開いた。
「なあ、マリアン」
「なあに?」
ロビンは少し迷ってから言った。
「あのサイラスってやつ」
「信じられるか?」
マリアンは顔を上げた。
炎の明かりが、その横顔を柔らかく照らしている。
「悪い人ではないと思うわ」
静かな答えだった。
「みんなも慕っているし」
「でもさ」
ロビンは眉をひそめる。
「王都の役人だったんだろ?」
「そんなやつが、なんでこんな森の中にいるんだよ」
マリアンは首をかしげた。
「それ、誰が言っていたの?」
「街で聞いたんだ」
「誰から?」
「えっと……」
ロビンは口をつぐんだ。
思い出そうとするが、うまく出てこない。
酒場だった気もするし、市場だった気もする。
顔も名前も曖昧だった。
「……あれ?」
「誰だったかな」
マリアンは小さく笑った。
「ロビン、むやみに人を疑うものではないわ」
「マリアンは人を信じすぎるんだよ」
ロビンはむっとした顔になる。
だが、その声にはいつもの勢いがなかった。
火を見つめながら、ぽつりと続ける。
「でもさ」
「サイラスの言ってることも、間違ってないんだ」
マリアンは黙って聞いていた。
「戦って誰かが死ぬより」
「悪い奴から金を盗んで」
「貧しい人を助けられるなら」
ロビンは拳を握る。
「その方がずっといい」
森へ逃げ込んでから見てきた光景が頭をよぎる。
税を払えず家を失った農民。
飢えた子供たち。
泣き崩れる母親。
そんな人たちを助けられるのなら――。
だが。
「でも捕まったら終わりだ」
ロビンは苦い顔をした。
「盗賊なんて、しょせん盗賊だろ」
火の向こうで、マリアンが視線を落とす。
「そうね……」
小さな声だった。
しばらく沈黙が続いた。
焚き火の音だけが二人の間を埋める。
やがてロビンが呟く。
「どうせ、このままでも変わらないんだ」
その言葉には、年齢に似合わない諦めが混じっていた。
森で隠れるように生きる日々。
明日も、明後日も、その先も。
何も変わらない。
マリアンはそんなロビンを見つめた。
そして、そっと微笑む。
「だったら」
「変えてみればいいじゃない」
ロビンは顔を上げる。
炎の向こうで、マリアンの瞳が真っすぐこちらを見ていた。
「ロビンなら、きっとできるわ」
その言葉に。
ロビンは何も返せなかった。
ただ胸の奥が、少しだけ熱くなるのを感じていた。
翌日。
マリアンは食料の買い出しのため、一人で街へ向かった。
いつものことだった。
森の仲間たちの中でも、マリアンは人当たりがよく、街の人間にも警戒されにくい。
昼には戻るはずだった。
だが――。
夕方になっても帰ってこない。
森の隠れ家では、不穏な空気が広がっていた。
焚き火の前を、ロビンが何度も行ったり来たりする。
落ち着きなく地面を踏み鳴らし、時折森の入口へ視線を向ける。
「落ち着けよ、ロビン」
サイラスが声をかけた。
だがロビンは振り向きざまに叫ぶ。
「落ち着いてられるかよ!」
拳を握り締める。
「朝から戻ってねえんだぞ!」
「何かあったに決まってる!」
サイラスは反論しなかった。
確かに遅い。
いつもなら、とっくに帰っている時間だった。
ロビンは頭を抱える。
「ああっ!」
「こんなことなら俺がついて行けばよかった!」
悔しそうに歯を食いしばる。
その姿を見ていた仲間たちは顔を見合わせた。
普段は口喧嘩ばかりしている二人だが、
ロビンがどれだけマリアンを大切に思っているかは誰の目にも明らかだった。
サイラスは静かに言う。
「いまユンナに探してもらっている」
「街の様子も調べているはずだ」
「だから――」
そのときだった。
草を踏み分ける音が近づく。
全員が振り向く。
森の奥から、小柄な少女が姿を現した。
ユンナだった。
肩で息をしながら駆け寄ってくる。
ロビンは真っ先に飛び出した。
「ユンナ!」
「マリアンは!?」
ユンナは立ち止まり、
そして険しい顔で答えた。
「見つかった」
ロビンの表情が明るくなる。
だが次の言葉で凍りついた。
「修道院にいる」
「……え?」
「正確には」
ユンナは息を整えながら続けた。
「修道院長に捕まってる」
森の空気が、一瞬で張り詰めた。
マリアンが目を覚ましたとき。
見慣れた石造りの天井が視界に入った。
窓から差し込む夕陽が、部屋を赤く染めている。
ここは――修道院だった。
身体を起こそうとした瞬間、近くから穏やかな声が聞こえた。
「お目覚めになられましたか」
マリアンははっと振り向く。
黒い法衣をまとった老人が、椅子に腰掛けていた。
白髪交じりの髭。
穏やかな笑み。
そして見覚えのある顔。
「……ヘレフォード司教?」
老人はゆっくりと頷いた。
「ご無沙汰しております、マリアン姫」
懐かしい呼び名だった。
森へ逃げ込む前。
父の館で何度か顔を合わせたことがある。
領内でも徳の高い聖職者として知られていた人物だった。
司教は目を細める。
「いつ以来になりますかな」
「お父上はお元気であられますか」
マリアンは少し視線を伏せた。
父の顔が脳裏をよぎる。
「……たぶん」
曖昧な返事だった。
司教は小さく息を吐いた。
「近頃、妙な噂を耳にしましてな」
「心配しておりました」
「噂?」
マリアンが首を傾げる。
司教は慎重に言葉を選ぶように続けた。
「どうも街を荒らす盗賊たちが森に住み着き」
「その仲間に、マリアン姫も加わっているとか」
静かな声だった。
だがその内容は重い。
マリアンは司教の目を真っすぐ見た。
司教は苦笑する。
「あくまで噂です」
「このヘレフォード、そのような話を信じてはおりませぬ」
だが。
マリアンは首を横に振った。
「いいえ」
司教の表情が止まる。
「本当です」
部屋に沈黙が落ちた。
司教は驚いたように目を見開く。
「しかし――」
「でも」
マリアンは言葉を続けた。
「ロビンたちは盗賊ではありません」
「悪い人たちじゃないんです」
「困っている人を助けていて」
「私も、その手伝いをしているだけです」
司教は長い間、何も言わなかった。
やがて深く目を閉じる。
「……なんと」
その声には悲しみが滲んでいた。
「お父上が聞かれたら」
「さぞお嘆きになるでしょうな」
マリアンは唇を噛んだ。
反論したかった。
だが言葉が出ない。
司教は立ち上がり、窓の外へ目を向けた。
夕陽はすでに傾いている。
「もうじき」
司教が静かに言う。
「ガイ・ギルフォード殿がこちらへ参ります」
マリアンの顔色が変わった。
「ガイが?」
「ええ」
司教は振り返る。
その顔から笑みは消えていた。
「ノッテンガム卿は焦っておられる」
「王妃様がこの地へ到着される前に」
「どうしても、あなた方を捕らえたいようです」
マリアンの胸がざわつく。
ガイが来る。
それは単なる逮捕では終わらないかもしれない。
司教はしばらく黙っていたが、やがて静かに付け加えた。
「姫」
「まだ間に合います」
「森の者たちとは縁を切りなさい」
「そうすれば、私が何とか取りなしてみましょう」
マリアンは顔を上げた。
脳裏に浮かぶのは、森の仲間たち。
焚き火を囲む子供たち。
そして――。
いつも真っ先に怒って、真っ先に助けようとする少年の顔だった。
マリアンはゆっくりと首を横に振り、俯いた。
もしここで頷けば、自分だけは助かるかもしれない。
父の元へ帰ることもできるだろう。
だが。
脳裏に浮かんだのは、昨夜の焚き火だった。
『ロビンなら、きっとできるわ』
そう言った自分が、
今さら仲間を見捨てることなどできなかった。
「できません」
その声に迷いはなかった。
ヘレフォード司教は目を閉じた。
そして小さく呟く。
「……そうですか」
遠くで教会の鐘が鳴った。
ガイ・ギルフォードの到着は、もう近かった。
コメント
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みぅ🤍🥀です。今夜の焚き火のシーン、胸にじんわりきました。 ロビンの不安と迷い、マリアンの揺るがない強さ、二人の距離感がすごく丁寧に描かれていて…「変えてみればいいじゃない」って言葉が、森の闇の中で小さな灯りみたいに光ってた。 ラストの司教との会話も、すごく考えさせられたな。助かる道を断ってまで選んだ「仲間」への想い、重かったです。 次、ガイが来るってなると…どうなるんだろう。ロビンがどう動くのか、ドキドキしながら待ってます🌙