その日野村が先に仕事を上がった後華子は大木と一緒に閉店作業を始める。
店内を見渡すといつの間にか重森はいなくなっていた。
ホッとした華子は仕事を続ける。
そして定時で仕事を終えロッカーの前でスマホをチェックすると陸からメッセージが届いていた。
【5時半くらいにそっちに行けるから待ってて! 一緒に帰ろう】
華子は思わず笑顔になる。
エプロンを外し帰り支度を終えてから本間の所で時間を潰そうと思った。
厨房へ行くと既に本間が調理を始めていた。真鯛のカルパッチョの準備をしているようだ。
そこで華子は本間から秘伝のソースを伝授される。
「大葉も刻んで入れるのね?」
「そう、それが隠し味だよ」
「粒マスタードも結構入れるのね…」
「多めに入れた方が味が引き締まるからなぁ」
そう言って本間はリズミカルにソースを混ぜ合わせるとスプーンですくって華子に差し出した。それを華子が味見する。
「美味しいっ! なんか爽やかなのにインパクトがあるわ」
「だろう? 是非今度作ってみて。もうじき結婚するんだろう?」
本間は微笑みながら言った。
「うん、そうよ。なんか急にそんな事になっちゃって」
華子は少し照れたように言った。
「君はきっといいお嫁さんになるよ。しょっちゅうここへ来ては料理を覚えて帰るんだからな」
本間に褒められると嬉しい。どんなお祝いの言葉よりも嬉しかった。
その時華子は以前から気になっていた事を本間に聞いてみようと思った。
「あのね、一つ聞いてもいい?」
「うん? どうした?」
「私ね、父親がいないのよ。小さい頃に両親が離婚して父の顔も覚えていないの。でね、もし本間さんが私の父親だったとしたら娘に会いたいって思う? それとも会いたくない? 結婚するのを知りたいって思う?」
突然華子がそんな事を聞いてきたので本間は少し驚いているようだった。
しかし少し考えてから静かに言った。
「ご両親の離婚の原因にもよると思うけれどやはりずっと会っていなくても娘の事は気になるだろうなぁ。もちろん結婚が決まったらお祝いしたいって思うだろうよ。もし俺がその立場だったらな」
「そうなんだ」
華子が少ししょんぼりした顔をしている。そこで本間が続けた。
「結婚を機にお父さんの事が気になるっていうのは実は何かのサインかもしれないぞ。そのサインを見逃すな!」
本間はそう言って華子にウィンクをした。
『サインを見逃すな!』
本間の言葉が頭の中にこだまする。
(彼の言う通りかもしれない、きっとこれが最初で最後のチャンスなのかも)
そう思った華子は少し潤んだ目で言った。
「うんわかった。ありがとう」
ちょうどその時陸が厨房に入って来た。
「お待たせ」
陸はそう言った後本間に挨拶をした。
「本間さん、今夜もよろしくお願いします」
「おうっ、まかせときな」
本間は穏やかに笑った。
それから二人はコインパーキングへ行き車に乗る。車が走り始めると陸が言った。
「今日の夕飯は何かテイクアウトするか?」
「やった! じゃあピザがいい」
「ピザだったら大通り沿いの店に行くかな?」
陸はそう呟くと信号を右折した。そして大通りをしばらく進むと交差点の角にピザ屋が見えた。
ピザ屋の駐車場に車を停めると二人は店に入る。店内はピザ生地の焼ける香ばしい匂いがした。
「いい匂い!」
「ここのピザは生地がサクサクして美味いんだ」
陸は華子を呼んでカウンターのメニューを見せると華子に選ばせる。
ハーフ&ハーフのピザを二枚買って二人は車へ戻った。
「ビールはあった?」
「ああ、冷蔵庫にいっぱいあるよ」
「なら良かった。ピザならやっぱりビールよねー」
華子はニコニコして言った。
「明日は華子は休みだったよな?」
「うん、やっと休めるー! 陸は?」
「俺は明日も仕事だよ」
「そうなんだ。私は美容院にでも行こうかなー」
「良い美容院は見つかったのか?」
「うん、良さそうな所をいくつかピックアップしたわ。あとは当日店の前に行って様子を見てみる」
そこで陸が思い出したよう言った。
「あとはアレだな。華子の実家に帰る日をそろそろ決めてくれ」
「うん、わかった。いつがいいかおばあちゃんに聞いてみるわ。でも陸を連れて行ったらびっくりするだろうなぁ」
華子は楽しそうに微笑む。
マンションへ戻ると、二人は温かいうちにピザを食べる事にした。ピザの箱をテーブルに並べるとビールとグラスも用意する。
二人は席に着くと乾杯してからピザを食べ始めた。
「おいしーい! ここのピザ初めて食べたわ。そんなに店舗数はないのよね」
「ああ、この辺りだけの出店みたいだからな。普通のピザとは違うだろう?」
「うん、すごく美味しい」
そこで華子は急に思い出したように言った。
「あのね、今日もまたアイツが来たのよ!」
「アイツって、重森か?」
「そう。今日は一人で来たの」
「で、大丈夫だったのか?」
「うん。仕事が何時に終わるかって聞かれたからなんでって聞き返したら私と話がしたいって言うのよ。で、私は話す事はないわって言ったらいつの間にか帰ったみたい」
それを聞いた陸はフッと笑って言った。
「やっぱりな、元カノが幸せそうにしていると気になるんだな」
「野村さんも言ってたわ。私が幸せそうなのが気に入らないんじゃないかって」
「ハハハそうだろう。動じなかった華子は偉いぞ」
「うん、陸のお陰。この素敵な指輪のお陰よ」
華子はそう言って左手の指輪を愛おしそうに撫でる。それを見た陸は満足そうな表情を浮かべてから言った。
「よく頑張ったな」
優しい言葉をかけられた華子の胸がキュンと疼く。
(私はもう大丈夫! 私は生まれ変わったのよ)
華子は目の前にいる優しいパートナーの顔を感慨深げに見つめながら残りのピザを食べ始めた。
コメント
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職場から仲良く一緒に帰宅し、テイクアウトの ピザを食べながら談笑する二人👩❤️👨💖 焼きたてのピザ&ビール、美味しそう~😋🍴💕🍕🍻 美容院も✂️💇✨、華子チャンの実家への 二人での訪問も....、どちらも楽しみですね~😊🎶
以前重森と付き合ってた時とは運伝の差の華子✨ 重森のしつこい言いよりも冷静にかわせたのは、陸さんからの指輪💍パワーが大きいよね✨✨🤭考え方が大きく変わったのは陸さんの影響も大きいけど、本間さんや野村さんのアドバイスも華子の心に響いてるね😊❣️🎶👍 あとは華子の実家に行って挨拶してこないとね❣️ 生まれ変わった華子にお祖母さんも感動しちゃうかも⁉️👵💗👩💕