翌朝華子は仕事が休みだったので朝食作りを買って出た。
トーストとベーコンエッグに生野菜のサラダを添える。それにヨーグルトとコーヒーを添えて陸と向かい合って食べた。
その後陸は一人で仕事へ向かった。
華子は掃除洗濯を手早く済ませると以前から気になっていたキッチンの片付けを始める。
陸が華子の好きなようにしていいと言ってくれたので華子が使いやすいように配置を変える。
自分好みにレイアウトすると俄然使いやすい。
ご機嫌になった華子は、ついでにシンクやIHクッキングヒーター周り、それに冷蔵庫から収納棚の中全てを綺麗に掃除した。
その際もう使わない物や入らない物は徹底して排除する。
するとキッチンは更に使いやすく生まれ変わった。
(フフッ、完璧)
あまりにも綺麗になったキッチンを見て華子は更にご機嫌だ。
(片付き過ぎてちょっと殺風景だから美容院の帰りにキッチン雑貨でも見てこようかしら?)
華子はそう思った。
美容院は11時に予約していた。
初めて行く美容院なので今日はカットだけの予定だ。まずはカットの腕前を見てから今後通うかどうかを判断する。
華子が見つけた美容院は歩いて10分の大通りから一本中へ入った住宅街にある店だ。
そろそろ時間なので華子は身支度を整えてからマンションを出た。
うららかな春の日差しが心地よい。今日も天気は快晴だ。
銀座のクラブで働いていた時は夜型の生活だったので、太陽の日差しを浴びながら午前中に外を歩く事などほとんどなかった。
あの頃この時間はまだベッドの中だ。
やはり人間は明るくなったら起きて暗くなったら寝るスタイルが自然だし健康にも良い。
華子は朝型の生活をするようになってから心も身体もすっかり健康的になっていた。
昔のように鬱気味になったり自暴自棄になる事もなくなった。
(初めて会った日に陸が言っていた事は本当だったのね)
華子はフフッと笑った。
そして美容室の前に到着した。華子は店の外観を見て思わず笑顔になる。
おそらく古い民家を手作りで改装したのだろう。シャビーシックなとても味わいのある店構えだった。
白い外壁に水色の窓枠とドアがアクセントになっていてとても可愛らしい。
店の前にはハーブのプランターがいくつも並び辺りに良い香りが漂っている。
そしてディスプレイ用だろうか? 窓枠やドアと同じ水色のオシャレな自転車が置かれていた。
(なんだかカフェみたいな雰囲気ねぇ)
華子はそう思いながらドアを開けて中へ入った。
「いらっしゃいませ」
店の奥から店主と思われる30歳位の女性がにっこり微笑んで華子に声をかけた。
黒いTシャツに細身のジーンズ。髪はショートヘアの爽やかな美人だ。
「11時から予約していた三船と申します」
「初めてご来店の三船様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらのベンチへお掛けになってもう少々お待ち下さい」
店主は華子をベンチに案内すると、客の元へ戻りドライヤーをかけ始めた。
(カット席は2つだけなのね。もしかしたらこの店を一人でやっているのかしら?)
華子はその時ふと小さなイタリアン弁当屋の店主を思い出した。彼女も華子と同じくらいの年代で一人で店をやっている。
美容院の店内もシャビーシックなイメージでとてもお洒落だった。雑貨を並べたら雑貨屋としても通用しそうだ。
(室内も自分でリフォームしたのかしら?)
その時ドライヤーの音が止まり先客が立ちあがった。後ろから見るととても素敵に仕上がっている。
その時店主が客に聞いた。
「大丈夫?」
「うん、バッチリ! 相変わらずいい腕ね」
どうやら客は店主の知り合いのようだ。
そこで客がくるりとこちらを向いて華子の顔を見た。その瞬間二人は声を上げる。
「「アッ!」」
その客は先ほど華子が思い出していたイタリアン弁当屋の店主だった。
「えーっ、凄い偶然ー」
「本当ーまさかこんな所で!」
二人は声を出して笑う。
「今日はお仕事お休みですか?」
「はい、そちらも? あ、今日は定休日でしたね」
「そうなの」
女性はそう言うと驚いた顔をして立っている美容室の店主に説明した。
「彼女はうちのお弁当をよく買いに来てくれるお客様なの」
「ああ、そうだったのね」
そこでイタリアン弁当屋の店主が華子に言った。
「彼女とは高校時代の同級生なのよ。彼女は持田沙織さん! で、私が樋口美羽です」
「三船華子です」
「華子さんね! もしかして年齢も近い?」
「27です」
「私達の方が上だわぁー。私達は30よ」
「あ、先輩だ」
華子がおどけた調子で言ったので二人は声を上げて笑う。
そこから三人は一気に打ち解けた。
この美容院は元々は亡くなった沙織の祖母の家で自分で改装して美容院にしたらしい。
二階は自宅になっていて沙織が住んでいるが、空いている部屋を借りて美和も住んでいる。いわゆるシェアハウスだ。
「なんだか楽しそうですね」
「腐れ縁だからね。でも時々喧嘩もするわよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。二人とも頑固だから喧嘩になるとお互い引かないよねー」
美羽はそう言って笑う。
「私達は仕事の種類は違うけれど目指すところは一緒だから。あ、目指すっていうのは自分の店を持つって事ね! だからそういう意味ではいい刺激になっているのよ」
そこで美和が突っ込みを入れる。
「沙織はもう自分のお店を持ってるじゃーん」
「この家はおばあちゃんから譲り受けただけだからたまたまよ」
そこで華子が聞いた。
「もしかしてリフォームはご自分で?」
「ええ。水回りとか大掛かりな間取り変更はプロに頼んだわ。でもそれ以外はなるべく自分でね。お金もあんまりなかったし」
「へぇーそうなんだぁ。でも凄いわ。お店センスがあってとっても素敵」
「ありがとう。そうい言って貰えると嬉しいわ」
その時美羽が口を挟んだ。
「ちょっとーお喋りばかりしていたらまずいんじゃない? 頭やってあげないと!」
「あっ、そうだった」
沙織はペロッと舌を出すと華子を席へ案内する。
「今日はカットでしたよね?」
「はい、お願いします」
その時、美羽が言った。
「そうだ! 三船さんはこの後予定ってありますか?」
華子は不思議そうな顔をして答える。
「いえ特には。帰りにスーパーに寄るくらいですが」
「じゃあちょうど良かったわ。カットが終わったら沙織と一緒に二階へ来て! ランチにパスタを用意しておくから! 三人で一緒に食べましょうよ」
「それはいいわね! 是非是非!」
「えっ、でも……」
「大丈夫よ、お金は取らないから安心して!」
美羽が笑いながら言うと沙織が突っ込む。
「美羽はしっかり者だからてっきり取るかと思った!」
「変な事言わないでーっ。プライベートでは取らないわよー! あくまでもお友達として招待してるんだから」
(友達?)
華子はそのさり気ない一言にジーンとくる。
実は大人になってから華子には女友達がいなかった。大学までは表面上だけの付き合いの女友達はいた。
しかし元々プライドが高い華子には心許せる同性の友人などいたためしがない。
だから正直同世代の女性と関わる時に妙に身構えてしまいどう付き合っていいのかわからない。
もちろんこんな風に気軽に自宅ランチに招かれたのも初めてだ。だから正直どう返していいのかわからない。
その時本間に言われた言葉が頭を過る。
(チャンスを逃すんじゃないぞ!)
そこで華子は勇気を出して答えた。
「じゃあお言葉に甘えてお邪魔しちゃおうかしら?」
ちょっと上から目線の気取った返事になってしまった。嫌われたらどうしよう。
華子は返事が来るまでの間胃が痛くなる。
しかし沙織は全く気にする様子もなく、
「そう来なくちゃ」
と言って華子に微笑んだ。美羽も嬉しそうな顔をしている。
二人の反応を見て華子はホッとする。そしてこの日華子はランチをご馳走になる事になった。
いよいよカットが始まると華子はお任せで沙織に頼んだ。
長さはあまり変えずにイメージを変えたいとだけ伝えた。
すると沙織は「任せて」と言ってカットを始めた。
沙織のハサミを操る手付きは見事だった。その手つきを見ただけで腕がわかる。
華子は安心して任せていた。
(女子友との自宅ランチ会……すごく楽しみ!)
髪型とランチ会と二つの楽しみを控えて華子はニコニコしながら鏡を見つめていた。
コメント
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美羽さんと沙織さんという、素敵なお友達が出来た華子チャン✨✨ ガールトークに花が咲きますね.... カットの仕上がりも💇、その後のお食事会も 楽しみ🍝🍴🎶
美羽さんと沙織さん、2人の素敵なお友達ができた華子😊👍🎉 どちらも自分の仕事にポリシーと責任感を持って一生懸命働いている姿を見て、華子も何かを得ることができるはず❣️❣️ そして本間さんの"タイミングを逃すな"のアドバイスがあってこその謙虚で素直な言葉が出たことも以前とは全く違う華子だと思うな🌹ウンウン🥰 そしてカット後の華子の変身ぶりにもワクワクo(^▽^)o💕💞
親しき仲にも礼儀あり。謙虚も大切ですよね😊