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ダメじゃないと思うよ。圭さんはそんな事で嫌いになったりはしないと信じてる。
古びたホテルを後にした美花は、俯きながら自宅へ向かって歩いていた。
鬼の顔を模した大きな滑り台がある公園の横を過ぎ、立川の南口と北口を結ぶガード下を、ぎこちない足取りで潜り抜けると、すぐに自宅へ到着した。
「…………ただいま」
店舗の入り口のドアを開けて入っていくと、母の雪が目を丸く見開いた。
「美花? 今日は葉山さんとデートじゃなかったの……?」
「…………具合が悪いから……帰ってきた……」
「…………そう」
気まずい雰囲気を感じ取った美花は、雪から顔を背けると、スイングドアを抜けて自室に向かった。
部屋に入り、ベッドの上に倒れ込むと、この日に起こった出来事が彼女の頭の中を駆け抜けていき、枕に顔を埋める。
静岡事業所の転勤話を始め、圭の元恋人だったという井河千夏に待ち伏せされ、彼の過去の話を聞かされた。
しかも、千夏という女性は、まだ圭の事を好きだといい、『あなたよりも私の方が、圭を幸せにできる』とまで断言。
美花がロキタンスキー症候群に罹っている事を、千夏が知っていたのは、愕然として言葉を返す事もできず、止めに、『圭に別れてくれ』と言われ、終いには彼に渡すチョコレートとプレゼントを、グシャグシャに踏み躙られた。
「もう…………終わった……ね……」
美花の瞳から雫が零れ落ち、枕に水玉模様のような痕跡が描かれていく。
初恋の痛手から、美花は立ち直っていると思っていたけど、そうではなかった。
初対面の女性に身体の事を指摘され、美花の胸中は深く抉られたままである。
(けれど…………私にはDTMがある。私の心の拠り所は……やっぱり……音楽を作る事……)
美花は気だるそうにベッドから身体を起こすと、パソコンの電源を入れた。
圭と出会ってから今に至るまでの出来事は、美花の目の前で忙しなく切り替わるパソコンの起動画面のようだった。
二年前のクリスマスの夜。
モノレールの線路下で、酔い潰れてベンチに寝ていた圭に、声を掛けた美花。
その後、母の美花が経営している店で再会。
『DTMer Hana』として、ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツに訪問した際は、圭と三度目の対面。
定期的に通院している立川緑病院のロビーで偶然に彼と会い、国営公園でランチと散策を楽しみ、親友の音羽奏の結婚式の後、二人でファーレ立川周辺で過ごした時、圭に抱きしめられた彼女。
そして…………神宮外苑のドライブデートで想いを通わせた二人。
美花は、モニター画面を見つめながら回想していると、いつしか起動が完了し、たくさんのアイコンが視界に飛び込んできた。
恵