──夕方の教室。
カーテンの隙間から差す光が、床に細長い影を落としている。
窓際に立つ遥は、日下部の声を背中で聞いた。
「……また避けたな」
静かに、けれど掠れた声。
怒鳴っているわけではないのに、胸の奥がざわめく。
「違う。……避けたわけじゃない」
「じゃあ、なんだよ。こっち見もしねぇで」
机を叩く音がした。
乾いた衝撃が、空気を震わせる。
遥の肩が、かすかに跳ねた。
「怜央菜の言葉、まだ守ってんのか?」
日下部の声が低くなる。
「“関わるな”って、あのときのことだろ。……もう関係ねぇだろ、そんなの」
「関係ある」
やっと絞り出した声は、驚くほど小さかった。
「俺が……壊すの、怖いんだよ。おまえのこと」
沈黙が落ちる。
その一瞬だけ、夕陽の色が強くなった。
「壊す? ふざけんなよ」
日下部は一歩、二歩と近づく。
机の角が揺れて、遥の背中が窓に押し付けられる。
「壊されてんのは、避けられてるからだ。……おまえに避けられるたびに、息が詰まるんだ」
「……っ」
手が伸びる。
遥の肩を掴む指先が、強く震えていた。
怒りと悲しみが入り混じった熱が、皮膚越しに伝わる。
「守りたいって、誰のためだよ。怜央菜のためか? それとも、自分が傷つかねぇためか?」
「……分かんない。もう、どっちでもいい。ただ──」
日下部の目を見た。
その奥にある痛みに、ようやく気づく。
「……俺、怖いんだ。おまえのこと、好きになったら……守れなくなる気がして」
日下部が短く息を呑む。
そのまま、手の力が抜けていった。
「……バカだな。俺は、おまえが逃げても追うよ。何回でも」
夕陽が沈み、教室に影が満ちていく。
その影の中で、二人の距離はわずかに縮まっていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!