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3 - 第2話:泡文字(あわもじ)

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2025年05月22日

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第2話:泡文字(あわもじ)




風が静まり、空の粒子が眠る時間。

それは、泡文字が最も美しく舞う時間帯だった。


伝達所《オロス泡局》の窓辺で、少女ルナ・レイエルは小さく手を伸ばす。

伸ばした指先に触れた泡は、はじけなかった。


——残された、ひとつだけの泡文字。


「キ…ミ…ヲ…」




泡は文の途中で止まり、なぜか弾けないままだった。





ルナは、天球北域の浮遊都市《ラスルヴェラ》に住む泡配信官。

淡い水灰色の髪は肩で跳ね、浮力補助の装飾布がついた制服には《フロートル社》の紋章が縫い込まれている。


フロートル社は、記憶の気配を“感じて”検索する装置を作っている企業だ。

だが泡文字は技術ではなく、風と心の偶発的共鳴によって発生する“自然伝達”とされていた。





天球では、言葉を“泡”で送る文化が主流だ。

それは一度読まれると弾けて消え、二度と再読できない。

だからこそ、伝えられなかった言葉は「永遠」になると信じられている。





泡文字が途中で止まることなど、あり得ないはずだった。


「誰が送ったの? そして、なぜ弾けないの……?」







ルナは泡の出力記録を遡ろうとしたが、送信元は**《ソラー社の空気楽装置》からの偶発反響音とされていた。

言い換えれば——“誰も意図せず生まれた泡”**。





その泡は次第に沈み始める。

浮かぶべき泡が沈む。それは天球では不吉の兆しとされていた。


「これは“海の泡”だ」

老いた泡神官が呟いた。





神官の衣には、地球由来の「T」や「@」のような記号が刺繍されている。

それらはもとは地球の文字だったが、天球では**“泡神の紋章”として祀られている**。





泡神官は語る。


「沈む泡は、“海から届いた声”。

忘れられた者たちの言葉が、風を逆らってやってくるのだ。」




ルナは迷った。

記録局に報告すべきか、泡を手放すべきか。


しかし彼女は泡を胸に抱え、《星沈めの丘》へと向かう。





《星沈めの丘》は、願いを“未完の星”として空に浮かべる儀式の場。

人々は名前をつけず、**「名もなき想い」**を一粒の光に託して風へと還す。


ルナは泡を空へ放とうとした——が、泡は浮かなかった。


かわりに、彼女の肩がふわりと軽くなる。


彼女自身が、ほんの少しだけ浮いたのだ。





「あなたが浮かんでくるなら、

わたしが、沈んで会いにいく。」




その言葉とともに、泡がはじけた。


星々が彼女を見守るなか、泡の破裂音が風の中に溶けていった。





泡は名も残さず、言葉も記録されない。

だが、浮力だけが感情の証として残った。





次回予告(第3話:浮く理由)


「“なぜ私たちは浮くのか?”

その問いは、世界の土台を揺らす禁忌だった——。」

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