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4 - 第3話:浮く理由(わけ)

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2025年05月23日

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第3話:浮く理由(わけ)




彼は、一度も地面に触れたことがない。

というより、“地面”というものを本当に見たことがある者など、天球にはもういなかった。



少年の名はアウリ・フェル。

13歳、浮遊学区〈キノル領域〉に所属。

細く長い手足、毛糸のような髪が左右に分かれ、

顔の中心には《ソラー社製:気流視覚装置“LUMA-β”》が備わっていた。


“目”を持たない彼にとって、風の震えと音の粒だけが「世界」だった。





浮くことは、価値であり、信仰であり、正義だった。

天球の子供たちは、3歳までに“浮力値”が規定に達しなければ学校に入れない。

重さを感じる言葉や行動は「沈殿症」として治療される。


アウリは優等生だった。

教科書に載る浮遊原理、《エアロハードOS》が支配する浮場(ふわば)の論理も完全に理解していた。


だが、たった一つ、疑問があった。


「なぜ、僕たちは浮かなくてはならないの?」





その疑問は《ラスノル記憶局》で起きた、奇妙な事故から始まった。


局内の“補助浮力室”で、ある空間が“沈んだ”のだ。

一時的に地面のような硬い感触が現れ、複数名が「転落の感覚」を訴えた。


アウリはその場に居合わせ、転落する夢のような感触を初めて体験した。



《フロートル社》の記録泡によれば、事故の原因は「風配列のエラー」。

つまり浮力を保つ空気の流れが、ソフトの操作ミスで崩れたという。


でも、アウリは気づいてしまった。


事故が起きた場所に、“硬い何か”があったこと。

しかもそれは、記録に残っていない。



彼は“地面”を求めて動き出す。

だが、それは禁忌だった。


天球では「沈む」という言葉は、海に堕ちる=死に至る思想に直結している。

月の教えでは、重力とは“古き引力の呪い”とされ、

その象徴として、地球の「G」「↓」「Ω」などの記号は封印紋章として廃墟に祀られていた。


アウリはその廃墟、《ノイグ・グラヴィノート》へ潜り込む。



廃墟の中には、**エアロハード社の初期OS“Grav_One”**が眠っていた。

起動すると、音がした。

「記録ファイル:起動。

重力制御:未反映。

状態:元地球圏下層に近似。」




そして、床が震えた。


アウリの身体が、浮かなくなった。


彼は「浮かない」という状態が、

あまりにも静かで、あたたかく、安心できることに気づいた。


「これは……僕の、知らなかった“居場所”だ。」





彼は一歩、歩いた。

音がした。

自分の足音だった。


その瞬間、装置は警報を出し、彼は上空へ吹き上げられる。

天球では、“歩く”ことが許されていなかった。



翌朝。アウリはすべてを報告せずに、泡文字を一つだけ送った。


「浮くのは正しい。けれど、

僕は“歩いた”記憶を手放したくない。」




泡は空へ昇り、満月の前で弾けた。

月はそれを見ていた。

記録は残らず、彼だけがその意味を知っていた。

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