テラーノベル
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――しばらくして
病院の部屋の中。
空気はいつもより冷たく、ひんやりと心地良かった。
だが段々と寒くなってきた。
俺は布団の中に埋もれていた。
すると、ドアが開いた音がした。
ゆっくりと人が入ってくる。
きっといつもの看護師さんだろう。
だけどその予想は、意外にも外れた。
「失礼します。」
その声が、全くの別人だったからだ。
俺は驚いた。
看護師さんじゃないのなら、一体誰――?
俺がふとドアの方に目を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は俺と同じ夏海高校の制服を着ていて、清楚な雰囲気を纏っている。
見たことが無い人だ。
不思議に思っていると、彼女が落ち着いた口調で話を始めた。
「私、夏海高校の生徒。姫宮優乃(ひめみやゆの)って言うの。翔太の親友だよ…」
「親友…?ごめんなさい、分からないです…」
「うそ…、分からない?私、私だよ?優乃、だよ――、、」
「―――申し訳ないです。」
俺には、これしか言えなかった。
例えどれだけ仲の良い親友だったとしても、記憶を一部失ってしまった俺には 見知らぬ人なのだ。
「翔太…っ、ごめんね…急に…」
「いえ、大丈夫です___。こちらこそ、ありがとうございます…」
「でも、何故ここに?」
実は俺、誰もこの病院・この部屋には来ないように言っていたんだ。
誰も心配させたくないし、誰にも悲しんでほしくなかったから。
知らない人だったとしても、悲しんでいる姿を見たくは無い。
だから、絶対にここには誰も来ないはずなのに――
俺がそう質問すると、彼女はぼそりと何かを呟いてから、こう切り出した。
「あのね、私………忘れられない翔太との思い出があるの。」
―――あれは小学生の頃。
私達はまだ幼くて、いつも一緒に遊んでいた。
ずっと誰よりも近くに居て、誰よりも彼を知っていた。
それは彼も一緒で、私のことをよく理解してくれていたなぁ…。
幼いながらに、通じ合っていたんだと思う。
――そんなある日、私達は海に行った。
いつの間にか中学生になっていた。
そして行ったのは、近所の綺麗な海だ。
ずっと行きたいと思っていた。
ついにそれが叶った。
私はここで、告白すると決めていた。
誰よりも翔太を愛していたから___。
波打ち際、私はしゃがみ込んだ。
彼も私に合わせてくれる。
そして意を決して、こう言ったんだ。
「翔太。」
「私、翔太の事が好き。ずっと好きなの…。だから、付き合ってくれませんか。」
その言葉に、翔太はしばらく黙っていた。
だけど、ふと私の方を振り返って、満面の笑みで言ったんだ。
「俺も大好きだよ、優乃」
「愛してる」
「よろしくなっ!」
それから、硬い握手を交わしたんだ。
その後、砂浜にハートを描いてくれた事は、今でもずっと忘れていない。
あの頃の無邪気な翔太が、本当に好きだった。
今も好きだよ。翔太。
でもね、その想いはもう伝わらない。
記憶が無くなってしまったんだもんね。
私との思い出全て、消え失せてしまったんだよね。
いや、海に置いてきちゃったんだ。
あの思い出、全部。
波にさらわれた幸せ。
私は、それをもう一度掴み取ることは出来ないんだね。
一生傍に、居られないんだね―――っ
「(悲しいよ、助けて…っ)」
「(もう一回愛して…)」
「(あの“愛してる”を、もう一回聞きたいの―――!)」
私の目には涙が溜まる。
零れそうな涙を、必死に堪えている。
すると、私の顔に何かが触れた。
温かい何かが。
それは、私の涙を拭った。
―――そう、翔太の右手。
筋肉が衰えてきて、力が入らないはずなのに。
温かい。柔らかい。心地良い。
余計涙が溢れてくるよ…っ
だけどそんな私に、自分の弱さを隠すかのように笑顔を振る舞う彼。
どこかで見たことのある笑顔だった。
懐かしい心地がした。
波の音が聞こえてくる気がした。
「俺は昔のことは分からない。」
「だから、今から思い出を作ろう?」
「まだ間に合うよっ!」
「翔太……っ」
「俺を、もう一回惚れさせてみて?」
分かったよ、翔太。
絶対にもう一回、好きにさせてみせる。
それまで待っててね―――。
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このノベル小説は、長編小説になる予定です!ご了承下さい。