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温泉を掘り当てた私たちは、 ひとまずリンド村に戻ることにした。
辰美と三馬鹿には、今の私たちの状況──
そう、エスト様のことや世界征服の野望を簡単に伝えた。
全員、「この人正気か?」という顔をしていたが、
まあ気にしない。
「ああっ!?
しまった、バイトの時間が迫ってます!」
辰夫が慌てた声を上げた。
「サクラ殿!!
申し訳ありませんが我は一足先に!」
そうだ。辰夫は夜間のバイトが入っていたのだ。
「はいよー! ガッポリ稼いできなさいよ!」
「はい! 任せてください!」
私は辰夫の背中をドンと叩いて激励する。
辰夫は嬉しそうに笑い、バサッ! バサッ……!
と翼を羽ばたかせて飛び立っていった。
「ねぇ……
なんで竜王がバイトしてんの……?」
辰美は呆然と辰夫の背中を見送っている。
「それよりも……
なんで嬉しそうだったの……?」
「イチロー! ジロー! サブロー!
お前達はリンド村までダッシュだ!
少しでも強くなれ!
で、リンド村でお前達のバイトの話をするからな!」
「「「……え? 俺たちもバイト……?」」」
三人が困惑した声を重ねる。
「はい! 早く行く! ほらほら!」
私はパンパンと手を叩いて三人をうながす。
「「「は、はい!」」」
三人はダッシュで山を駆け降りて行った。
土煙が舞い、小石が転がる音が遠ざかっていく。
……
「さてと! 私たちも村に戻りま──」
──その時である。
「……その力……邪魔だな………」
突然、声が聞こえた。
低く、冷たく、どこか機械的な響きを持つ声。
空気が重くなる。
「「なッ!?」」
私と辰美は反射的に身構えた。
背筋に冷たいものが走る。
ビキビキビキ……
空間が、割れた。
まるで硝子にヒビが入るように、現実が裂けていく。
その裂け目から、漆黒の翼がゆっくりと広がった。
辰美が息を呑む音が聞こえた。
沈黙。
やがて、その裂け目から──何者かが出現した。
「……ふむ、今のうちに摘んでおくか……」
その存在は、ゆっくりと私たちを見ると、
そのまま睨みつけながら言った。
私はその姿に戦慄した。
漆黒の翼が背中から生えている。
額には小さく鋭い角。
美しいが冷酷な顔立ちの女性。
肌は青白く、瞳は血のように赤い。
まさに──悪魔そのものの姿だった。
「悪魔……?
本物の悪魔が出てきた……?」
私の声が震える。
呼吸が浅くなる。心臓が早鐘を打つ。
──私の直感が告げる。
「あ……ぁ……
そんな、ま……まさか……悪魔王、なの?」
沈黙。
悪魔の女は、わずかに首を傾げて――
「……………違う」
申し訳無さそうに答えた。
「……私の直感………ここは仕事しろよ……」
私は地面をドンドンと叩きながら悔しがった。
拳が痛い。でも悔しい。
「ここは空気的に当てるとこだった!」
辰美が慰めるように私の背中をポンと叩いた。
──私は再び立ち上がる。
深呼吸。
私は全力で直感を叩き起こした。
脳内で何かがブレーカーを上げるような音がした。
カチッ。
「ま、まさか……だ、悪魔大王なの?」
沈黙。
「…………………違う」
またしても悪魔の女が申し訳無さそうに答えた。
その表情には明らかな困惑が浮かんでいる。
「ぇぐ……ひっく」
気がつくと私は地面にうずくまって泣いていた。
これは……そう。
大嫌いな給食の牛乳を飲むまで帰れなかった時と同じ絶望感だ。
胃の辺りがキュッと締め付けられる。
「どんまい!!
……まぁでもさ?
悪魔大王ってセンスが無いとは思ったよ?」
辰美が優しく背中をさすってくれた。
──その時だった。
ムダ様の言葉が、脳内にねじ込まれるように響いた。
『正解かどうかは、俺が殴った後に考えるんだよッ!!』
「……そ、そうだよね……そうだよね……」
私はぶつぶつと呟きながら、
よろよろと立ち上がる。
膝が笑っている。でも立つ。
「……ムダ様は
殴ってから考えろって……言ってた……
そう言ってたもん……!!」
目が虚ろにギラつく。
拳がぷるぷると震えていた。
「だから私は正しい!!
ね? ねぇ?だってそうでしょ?
拳を振れば全部分かるでしょ?
違うの? 違わないよね!?
正義って、こぶしの形をしてるんでしょ!?」
「ま、待って!? その発想はまずい!!
脳まで筋肉なの!?」
辰美が必死の形相で止めようとする。
私は拳を掲げ、悪魔の女をじっと見据える。
「ぶん殴ればわかるよ……世界のすべてがッ!!!」
「待って!!拳で会話すな!!」
辰美が涙目でしがみついてくる。
私はそれを完全に無視して一歩前へ──
──すると。
その悪魔の女は、急に顔を上にあげた。
首の角度が不自然に変わり、あごが天を指している。
「ぷッ……ぷぷッ……グッ……キッ………」
全身が小刻みに震えている。
肩が上下している。
「めっちゃ笑いこらえてる!
やった! ウケたんだ!」
私はガッツポーズをした。
両手を握りしめ、肘を引く。
顔には大きな笑みが浮かんだ!
「私!この人の事が大好きだ!」
辰美も喜んでいた。
その声には興奮が滲んでいる。
悪魔の女は、ずっと上を向きながら話を続ける。
「んふッ……き、興が削が(きょうがそが)……ぷっ、れたわ」
笑わないように必死だ。
悪魔にも、笑ってはいけない事情があるらしい。
「まだウケてる! ここまでウケると嬉しい!」
「私! この人と友達になりたい!」
「今日の……ググッ……キッ……
ぷぷ……ところは……見逃してグッ……やる」
上を向いていた顔が、今度は下を向いた。
必死にプライドを保とうとしている。
「どうしてもカッコをつけたい!」
「大事なところだからこっちの目を見て話をして!」
「次に、キッ……会った時……」
肩が小刻みに震え、口角がわずかに引きつっている。
プライドと笑い声がせめぎ合う、顔面筋肉の激戦。
「……が……貴様らの、キッ……さ、最後……だ」
ゆっくりと正面を向いた悪魔の女の顔は紅く、
目には涙が溢れていた。
頬は火照り、目尻には笑いをこらえきれず、
出た涙が光っている。
「感情とプライドの熾烈な戦い!」
「私! 今凄いものを見ている!」
そして、悪魔の女は震える手を空間にかざし──
ビキビキと空間を割ると、
めっちゃ早歩きで割れ目に消えて行った。
スタタタタタ!
全力の早歩きだった。
走ったら負けだと思っている早歩きだった。
*
「最後まであっぱれな人だった……」
「また会いたいな」
いやぁ良いもの見たな!と、
胸がいっぱいになった私と辰美は、
悪魔の女のモノマネをしながら村に向かった。
夕暮れの空が徐々に暗くなり、
最初の星が瞬き始めている。
私たちの笑い声が、
静かな山道に響き渡る。
「グッ……キッ……」
私は笑いこらえる顔真似をする。
「ちょ! やめて!? 似すぎてる!」
辰美が笑いながら抗議する。
私たちは笑いながら、ゆっくりと村へと歩いていった。
(つづく)
──天の声です。
ええ、どうも。お久しぶりですね。
ちなみに今の”悪魔の女”、観測できませんでした。ログにも痕跡ゼロ。
……なんか、めっちゃヤバい気がするんですけど。
でもサクラが笑ってたから、ま、いっか☆
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『正解かどうかは、俺が殴った後に考えるんだよッ!!』
解説:
言葉は後付け、拳が先。
議論より実践、推理より実打。
ムダ様はすべての選択肢を、力技で納得させる。
もう大好き。