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翌朝、涼平はベッドルームで詩帆に腕枕をしながらぴったりと寄り添って眠っていた。

そこへいきなり携帯の着信音が鳴り響いた。

涼平は寝ぼけながら携帯を覗き込むと電話は菊田からだった。


「涼平、朝早くからすまんな。実はお前と詩帆ちゃんが見たいと言っていた『白潮』が今日来ているみたいなんだよ。今海に行った奴から連絡が来て湘南の海がエメラルドグリーン染まっているってさ。行って見て来たらどうだ?」


菊田の話を聞いた涼平は慌てて詩帆を起こした。


「詩帆! 詩帆! 湘南の海がエメラルドグリーンに染まっているって!」


詩帆は最初寝ぼけ眼で「うーん」と言っていたが、涼平の言葉を聞いて急に目を覚ました。


「えっ? 今?」

「うん、そうだよ。行ってみようか?」


涼平の問いに詩帆は笑顔で


「うん!」


と答えると慌てて飛び起きた。

それから二人は海へ向かった。



海には地元の人がたくさん訪れていた。涼平と詩帆も砂浜に足を踏み入れ目の前の海を見た。

すると菊田が言っていた通り、目の前にはエメラルドグリーンの海が広がっていた。

いやエメラルドグリーンと言うよりはまさにセルリアンブルーに近い色だった。


ちょうど太陽が雲間から昇って来た。

夜が明けたばかりの辻堂は、海だけでなく空までセルリアンブルー色に染まっていた。

辺り一面がセルリアンブルー色だ。


その神秘的な光景は言葉では言い表せない程の美しさだった。砂浜にいる人達は誰もが息を呑んでその美しさに見入っていた。

涼平と詩帆もその光景を見てただ立ち尽くすだけであまりの感動に言葉を失う。


その時詩帆が突然泣き出した。


「どうしたの?」


涼平が心配そうに尋ねると詩帆は泣きながら言った。


「今日は、兄・航太の命日なの」


詩帆はそう言ってまた泣き続ける。

きっと兄の航太がこの景色を見せてくれたのだと言って詩帆はすすり泣く。


「そうかもしれないね。うん、きっとそうだよ」


涼平はそう言って詩帆の肩を抱き寄せた。

その時涼平はハッとした。


「お兄さんの名前は航太って言うの?」

「うん、そう。船の航海の『航』に『太い』って書くの」


それを聞いた涼平が突然真剣な眼差しになった。


「どうしたの?」


今度は詩帆が涼平に聞く。すると涼平が静かに言った。


「俺、君のお兄さんに会っているかもしれない」


詩帆は思わず「えっ?」と声を出した。



その時涼平は大学四年の頃を思い出していた。

当時涼平は今と同じこの辻堂の海で毎週サーフィンを楽しんでいた。そんなある日、後輩の佐野が一人の高校生を連れて来た。


___________________


「涼平さん、この子七里ガ浜で知り合った航太君っす。なんかサーフィン教えて欲しいって言ってるんで指導してもらってもいいっすか?」


佐野は海から上がったばかりの涼平に言った。

涼平が佐野の方を見ると、日に焼けた元気の良さそうな高校生が緊張した面持ちで立っていた。


「航太君、家はどこなの?」

「あ、藤沢市内です」

「へぇー、じゃあ七里ガ浜の方が近いでしょ。なんで辻堂まで来たの?」


そう問われた航太は、さらに緊張した面持ちで、


「俺、サーフィン上手くなりたいんです。こっちに来れば上級者がいっぱいいるからって佐野さんが教えてくれたので」


そう言って涼平の目をまっすぐに見つめた。その時、涼平は航太の瞳に力強い本気の意志を感じた。


「そっか! いいねそのやる気! じゃあ、まずは君のサーフィンの腕前を見せてくれよ」

「はっ、はいっ」


航太はすぐに海へ走って行った。


その日はとてもいい波が連続して押し寄せていた。

航太は高校生にしてはかなりの腕前を持っていた。辻堂の大波でさらに練習をすればもっと上達するに違いない。

その時の涼平はそう感じていた。


それから航太は毎週土日に辻堂まで通って来た。涼平がいない日は佐野や加納が指導をしていた。

誠実で愛嬌のある青年は、次第に皆から「航太! 航太!」と呼ばれて可愛がられるようになった。



そしてある日涼平と航太が波待ちで海に浮かんでいる時に航太が言った。


「海ってさまざまな青色があるんですね。瞬時に色々な青に変化するから不思議です。俺の妹が絵を描くのが好きなのですが、特に青色が大好きで。ここから見えるこのいろんな青色を見せてやりたいなぁ」

「妹さんと仲良しなんだね」

「はい。うちの妹は俺がいないとダメなんです。いつも俺の後ろにくっついて来るやつなんで」


航太はそう言って笑った。

その時の涼平は、航太は妹の事を本当に大切に思っているのだなと感じた。


その冬の12月のある日を境に航太はぱったり姿を見せなくなった。

佐野や加納もどうしたんだろうと心配していた。しかし誰も航太の連絡先を知らなかったので連絡の取りようがなかった。

航太は当時高校三年生だったので受験勉強に本腰を入れ始めたのではと誰もが思い、それっきり誰も航太と会う者はいなかった。


__________________


涼平は自分が思い出した全てを詩帆に話した。すると詩帆は号泣し始める。

詩帆が泣く様子は見ていて胸が痛くなるほど切なかった。


涼平は泣き続ける詩帆をそっと抱き締めた。詩帆は涼平の逞しい腕に抱かれながらしばらくの間思い切り泣き続けた。


二人の前にはセルリアンブルーの海が広がっていた。

それはまるで詩帆の兄・航太が二人に何かを語り掛けるようにゆっくりと揺らぎならがまばゆい光を放ち続けていた。

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