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「こんな作戦絶対失敗すると言った塚森コウはさぞ悔しがるだろうね。しかも、こちらの予測と百パーセント一致した行動。……お陰で組織内の私の評価がまた高まる。まったく、怪異さまさまってやつだね」
医者のような白い上着、短く切りそろえた髪がよく似合う小顔の美人。
月明りを受け、眼鏡のガラスを白く反射させながらゆっくりとこちらに向かって近づいて来る。その歩みに恐れや躊躇いは一切感じられない。
怪異は困惑を禁じ得なかった。
普通の女なら――否、男でも――俺の姿を一目見れば恐慌状態に陥り、最悪正気を失ってもおかしくないというのに。
どうして、こいつはこんなに堂々としていられる?
「どうした、わー99? それとも伝承に従い、笑ひ岩と呼ぼうか? ひょっとして、私のことが分からないのか?」
あぁ、そうか。と怪異は思い出す。
この女、一昨日、俺の分身を滅ぼした異形の女か――。
「寂しいやつだなぁ。……ま、所詮は岩だし。物覚えが悪いのも当然か」
女はフッと皮肉な笑い声をもらし、
「何だ? 怒ったのか? 実際、あの子を痛めつけたくて、欲望のまま蹂躙したくて、暴虐の限りを味わい尽くしたくてノコノコ降りて来たんだろ? そう言うのを間抜けって言うんだ。馬鹿丸出しって言うんだよ」
女の声は美しく耳障りが良かったが――。
だからこそ辛辣な物言いが際立ち、吐きかけられた怪異を余計に苛立たさせる。
と、女は左手――シリコン製の義手の人差し指を立て、怪異の下で無残に破壊されたマネキン人形を指し、言う。
「お前が潰したのはキミカちゃんじゃない。姫宮に頼んで研究室から運ばせた形代だよ。元々は呪いを振りまく、ただの害悪生きマネキンだったけどね。いろいろと改造し、身代わり人形にしたんだ。本物のキミカちゃんはお友達と一緒に安全な場所で三十人を超える警備員に保護されてるさ」
キミカ? ……なるほど。鬼味実というわけか。
と言うことは、怪異に喰わせるため特別に育てられた人間、と言うことになる。通りで上手そうな血の香りがするわけだ。
だが、この女は何だ? 奇妙な力で分身を滅されたことからも、真っ当な人間ではないことは分かるが……。
「私のことが気になるのか? ……じゃ、教えてやる」
怪異の思考を読んだのか、女が少し肩をすくめて言う。
「私は柴崎ゼナ。お前のご同類に何もかも食い荒らされた女だよ。……この身体だけじゃない。世界一大切で大好きだったあの人も、将来の夢やキャリアも全部だ」
柴崎ゼナと名乗った女の口角が次第に吊り上がってゆく。
その表情はあまりにも陰惨で――女は嗤っているようにも泣いているようにも見えた。
「そして今度はお前に同僚を大勢殺された。……知ってるか? あの人達はな、それぞれ事情は違ってもこの社会のため命を懸けて働いている人ばかりだった。善人ばかりだったんだよ」
ジッと眼鏡の奥から女が濁った瞳で見すえてくる。
それはいかなる感情も読み取れない、生きながらにして心を失った者の眼差しだった。
「こんな私を惨めだと思うか? ……そうだな。認めるよ。自分でも笑ってしまうぐらい惨めだよ私は。死んだ方が楽になれるだろうさ」
自嘲するように鼻を鳴らした女の手がつっと動き――、下腹部に触れる。まるく突き出た自らの胎に。
「でもね、こんな私でも母親なんだよ。この子を何としてでも産んで育てあげる。今、私が生きてる理由はそれだけだ」
まさかこの女、子を孕んでいるのか?
卑小な分身が相手ならまだしも、身重の身体で熊より巨大な俺の前に立ち塞がるとは――狂っているとしか思えない。
「ハハッ、私は狂人か。確かに自分でもそう思う」
おどけたように両腕を広げ、女は何度もうなづく。
怪異を見すえたままの瞳に侮蔑の色が浮かぶ。
「それで? お前は自分を何だと思ってる? まさか、神社で祀られていたからって本当に自分を神様だと思ってないよな? いくら何でもそこまで馬鹿じゃないよなぁ? どうなんだよ、なぁおい?」
次第に加速して行く女の嘲笑を聞きながら、怪異は沈黙する。
沈黙するしかなかった。
お前はなんだ、と問われたら怪異だと答えるしかない。
だが、怪異とはなんだと問われたら――、わからない。
かつて自分が人間であったことは覚えている。
しかし、どんな人間であったか具体的な記憶は一切残っていなくて。
「特別にレクチャーしてやるよ」
女の声色にほんの少し哀れみが加わる。
「ありとあらゆる怪異って存在は、浮き上がるモノだ。より正確に言えば、この世のありとあらゆる物質・思念が異界――仮にここでは地獄道と呼ぶ――から流出した、或いは何らかの儀式によって呼び出されたエネルギー的なものが結合し、生成された存在。それが怪異」
朗々と言葉を続ける柴崎ゼナの眼鏡の向こうで――、瞳孔が裂けた。ひとりでに、十文字に。たちまち赤黒い液体が涙のように女の頬を伝って流れ落ちる。
両目に炎を押しつけられたかのような激痛を受けているのは想像に難くない。にもかかわらず、女は平然と話し続ける。
「当時、妊娠中だった私がバケモノの牙にかかり――、その霊毒の影響を受けた私の子は胎児のまま怪異と化したんだ。おまけとして母胎である私をも蘇生させたのは皮肉だけどね」
ゆらりと――。
女の背中からムカデのように長く、節くれだったものが鎌首をもたげるようにして立ち上がる。
それは艶のある鉛色に輝く、六本の触手だった。その先端には、まるで肉食獣のような牙が生えそろい、まるで醜悪な花のように放射状に広がっている。
「ほら、これが私の子の能力が顕現した姿だ。私はセンチビードって呼んでる。……スーパーヒーローみたいでかっこいいだろ?」
ウットリしたように言って、女は片腕を差し出し頭上で蠢く触手に触れる。柔らかな羽根をつかむような優しい手つきで。
「この子はいい子でね。テレパシーで脅威を感知すると母胎である私をこうやって守ってくれる。だから、私達は親子一組の怪異なんだ」
そう言った女の口調は誇らしく、どこか夢を見ているようでもあり――、悲痛なほど優しかった。
一瞬の沈黙の後、
「そして、お前はただの岩だ。ケダモノ同然に好き勝手に生き、死んだ下らない殺人鬼。その生への妄執が、その残滓がこびりついただけの石コロ。それがお前の正体だ」
反吐を吐くような女の物言い。
そこには凄まじいまでの敵意が滲み出ていた。
「組織がお膳立てした鳥籠の中で大人しく実験動物でいれば良かったものを。私の、母親の目の前で、よくも子供を傷つけてくれたものだ」
絞り出すような声を発し、ガリガリと片手で女が頭を掻きむしる。
どう見ても正気ではない。どうやら肉体の異形化に合わせて、その精神までもが人外魔境の境地にまで歪んだようだ。
ここに来て、ようやく怪異は目の前の女に危機感を覚える。
一刻も早く押し潰し、すり潰し――、腹の中の胎児ごと殺すべきだと。
もはや笑い声などあげる余裕もない。
怒声を張りあげ、怪異はこの世ならざる者と化した女を目指し、突進を始める。
「言うまでもないが私達は童ノ宮の神様とは違う。もちろん、塚森家ともな。私達に祓い清める力はない。あったとしてもお前などに使いはしない。畏れ多いからな」
猫のような唸り声を発しながら女は頭を大きく前に傾け、両腕でその腹を柔らかく抱きしめる。
「だから、私達は単純に粛々と――お前をディスポーズ処理する」
#異能
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