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さすがに同じ手は二度も使えない。そう考えた森の魔女は作業台の上に麻袋をドンと積み上げた。
「森へ行く前に、作り切りましょう」
「こ、この量をですか……?」
袋の中身は乾燥された薬草で、荒く織った麻の袋にぎゅうぎゅう詰めに入っている。丸一日かけて二人係りで集中して作業しても終わるかどうか、という量だ。休憩を挟みながら慎重に行わないと魔力疲労を起こしてもおかしくはない。
やれば出来るわ、と軽く言ってのけるベルの顔はどこか楽しそうで、どこか悪戯めいていた。テスト前に問題集を机の上に積み上げられたような、げんなり顔を見せる葉月に向かって目を細めている。
言われるがまま、壺に乾燥した草を鷲掴みして詰めていく葉月の横で、ベルは薬草茶を配合していた。今まではあまり気に留めていなかったが、改めて見ているとその草の種類に驚く。棚の上にずらりと並べられた瓶の中にはベルが厳選した乾燥薬草が入っていて、用途やその日の気分で選んだ物でお茶を淹れてくれるのだ。――まるで、紅茶のブレンドのようだ。
「ベルさんがブレンドした薬草茶って、販売しないんですか?」
マーサのような魔力を持たない人には間違いなく受けないと思うが、一定数はいる魔力持ちには喜ばれると思う。何気ない葉月の言葉に、ベルは顎に指を当てるいつもの考えるポーズで首を傾げた。
「あら、魔法使いならお茶くらい自分で淹れるでしょう?」
料理をしない自分でさえ淹れられるのだから、というベル的理論らしいが、そもそも彼女のように調薬ができる魔法使いでもなければ数多ある薬草の目利きはできない。それに、同じ薬魔女であるルーシーでさえ、ベルの淹れたお茶を絶賛しながら飲んでいた。
紅茶好きが皆、オリジナルブレンドを生み出せる訳ではないように、薬草を絶妙な配合で淹れることが出来る人もそう多くはないはずだ。ベルはいつも当たり前のように淹れているが、それも一種の才能と言っていい。
「森の魔女印のオリジナルブレンド、飲みたい人はいると思います」
頷きながら、葉月は言い切った。ベルのお茶は飲み易くて、体にとても沁みる。魔力に目覚める前に飲んだ時は、青汁よりも青臭くて不味いとは思ったが……。
飲む人を選び、万人受けはしないだろうが、魔力があって頻繁に魔力疲労を起こしてしまう、魔力量の少ない人などはきっと喜んでくれるだろう。
「魔力疲労用のお茶は飲める人が限定されるけど、安眠効果のあるお茶なら魔力関係なく欲しい人はいますよ。あれは私も結構好きです」
薬草を粉砕しながらの葉月の力説に、ベルは少し考えている風だった。嗜好品としてのお茶類はあるけれど、それとはまた違う。身体の為に飲む薬草茶はお茶でもなければ薬でもない。試しに少しだけ道具屋か薬店にでも置いてもらおうか。
「あ、薬草のブレンドを入れる瓶をガラス工房さんに作ってもらうとか」
「そうね、しばらくは工房も暇でしょうしね」
ガラス製品の試作ができるまでは製造ラインにも余裕があるはずだ、今ならすぐに作ってもらえそうだと、ベルは作業台から封筒と便箋を取り出した。
その日は日が暮れる近くまで調薬作業を繰り返し、朝に積み上げた麻袋の大半を処理することができた。さすがに全部は無理だったが、しばらくは薬店も在庫には困らないだろうという量は用意した。
途中、休憩を兼ねては薬草茶の細かい配合を考えて試飲したりと、作業部屋を出る時には葉月は疲れからくる生欠伸が止まらなくなっていた。
睡魔と戦いながら無言で夕食を口にして、静かに自室へと上がっていった葉月の様子に、入眠効果のある薬草を入れすぎちゃったかしらとベルは小さく首をすくめた。この調子なら、今晩もちゃんと眠れそうだと、明日の再出発のことを思い浮かべる。今回の、疲れさせて眠らせる作戦はどうやら成功のようだ。
「明日はお目当ての場所に辿り着けるかしら?」
ソファーで毛繕いしている猫へと問いかける。声を掛けられて、ちらりと魔女の方を向いた白黒は「みゃーん」と鳴いて返事するが、その真意は定かではない。
ただ、森の魔女は気付いていた。猫がここ最近は毎朝のように結界を抜けて森の中に入り、どこかへと出掛けていることを。その翼を持ってすれば、葉月達を連れて行こうとしている場所へは猫だけなら一飛びで行けることも。
「あえて私達を連れて行こうとしてるのは、なぜかしら?」
猫はそれには返事をせず、身体を折り曲げながら丁寧に白黒の横腹を舐めていた。