テラーノベル
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風呂を済ませ、タオルで髪を拭きながら寝室に向かう。
アルはカイルと共にすごす約束を得られたとかで、いそいそと嬉しそうに出掛けて行ったので、今夜は久し振りに一人きりで寝る事になった。
髪をガシガシと無造作に拭きながらベッドを見ていると、広いベッドが更に広さを増す気がする。この世界へ来る前はベッドでの独り寝など当たり前の事だったのに、慣れとは恐ろしいものだ。
さて寝るか、とベッドに腰掛けた。毎夜此処に座るたびにロシェルと一緒にすごした同衾の日々を思い出してしまう。今日も例外無く思い出し、恥ずかしさに顔を伏せた。
神殿へ戻ってからというもの。毎晩この調子でアルに呆れられてきたが、今夜はそんな彼すらいないので苦悩し放題だ。
もうあんな傍で夜を共にすごす事など、この先は二度と無いだろう。——そう考えると『少し残念だな』と思ってしまい、『何故そう思うんだ?』と俺は首を傾げた。
「……ロシェルは、今頃どうしているんだろうか?」
最近は馬鹿馬鹿しい勝負のせいでまともに『使い魔』として仕事らしい仕事を出来ていない。ロシェルとすごす時間が大幅に制限されている。
サキュロスに会うまではそれこそ昼間はずっと『使い魔』として傍に居た。旅の間は夜の寝ている時間ですらも、一緒に。それなのに、今は……。 ——そんな事を考えはじめると、サキュロスに対してイラッとしてきた。
さっさと追い返すいい手段は無いものか……。
そして真面目に嫁探しを——ん?待てよ……してもいいのか?
今の状況だと、順当にロシェルを娶る流れになるのでは?
思わず声に出して言ってしまった。
アルが居なくて本当に良かった。
「惚れるがイコールで嫁になるでは無いよな。しかもあれは、追い返す口実だ!うん!」
他に誰も居ないのをいい事に、今度は敢えて口に出して言ってみた。でも、言った後で、まるで自分に言い聞かせているみたいだなと思い、凹んだ。
心の何処かで『絶対に無理だ、考えるな』と思いながらも、少しだけ考えてしまう淡い『妄想』。それに向かい頭の中で墨をブチまけて『そもそもそんな事はあり得ない、あってはいけない』と念入りに釘を刺す。そして 頰を両手で軽く叩き、気持ちを入れ直した。
もうさっさと寝よう!
こんな頭では、サキュロスを追い返す手段も何も浮かばない。
—— そう決意し、ベッドカバーごとめくって布団の中へと入ろうとした時。舞台で使う緞帳の様に分厚いカーテンの奥で、窓ガラスをコンコンとノックする音が聞こえてきた。
時間も遅いし気のせいだろうと思い、そのまま布団に入る。すると、また『コンコンッ』とノックする音がした。どうやら幻聴という訳でも無さそうだ。アルならばきちんと廊下側の入口から来るだろうし、他の者もそうだろう。
(となると……まさか——)
嫌な予感を感じながらベッドの上で体を起こす。応えるか、このまま無視をするかで迷っていると、またノックする音がしたので流石に観念してベッドから降りて窓の方に向かった。
「誰だ?」
俺の問い掛けに対し、「私だ!サキュロスだよ。開けて貰える?」と男性の声が返ってきた。
「用事なら明日にしてもらえませんか?もう夜も遅いので」
「んー……そうもいかないかな。明日にはもう神殿に帰ろうかなと思っているしね。色々やってるのに、もう飽きちゃったから」
『帰る』という言葉に体がピクッと動いた。
明日には帰るのか!それは朗報だ!
「そうですか、ではおやすみなさい」
「え?待って待って!帰る前にさ、ちょっとでもいいから二人で話そうよ!此処に来てから、結局全然シドと話せてないんだよ⁈」
カーテンとガラス窓越しにサキュロスの焦った声が聞こえる。
「それは、サキュロス様が、真面目にロシェル相手に勝とうとしなかったからでは?」
呆れ返りながらそう言うと、「——うっ」と声を詰まらせた様な音がした。
「そうなんだけどね?そうなんだけどさ!いいじゃん少しくらい。明日にはもう帰るんだし、餞別だと思って。ね?」
『帰る前の餞別だ』と強請られては、断り難い。
これで全てが済み、平穏な日々が戻ってきてくれるならルール違反も仕方がないのでは?と思った瞬間、まだ鍵を開けてもいないのにガラス窓が開き、サキュロスが「やぁ!」と辛気臭い顔で爽やかに声を掛けながら室内へ入って来た。
「許可してくれてありがとねー、ちょっとでもそっちが油断してくんないと部屋の結界が破れなくってさ。ホント助かったよ」
「きちんと入室の許可をした覚えはないのですが」
渋い顔をしてみせたが、サキュロスは何処吹く風といわんばかりの顔で堂々と侵入し、室内を見回すと勝手にベッドに腰掛けた。
男性体の姿で、女性っぽいデザインをした足首まである長さの夜着を着ている。水色をしたそれは腰の付近までスリットが入っていて、そんな格好のまま脚を組んで座り、筋張った長い脚を惜しげも無く晒す。
そんな姿に対してどうこうなど一切思う事なく、早く帰ってはくれないだろうかと渋い顔をしたままでいると、サキュロスがムスッと拗ねた顔をしてきた。
「やっぱダメかー。女でダメっぽいから、じゃあ『こっち』なら?と思ったっんだけどなぁ」
「異性愛者だと最初に言ったはずですが」
「嗜好に気が付いていないだけとかある?ってね。女性体でアピールしても、サッパリだったからさ」
「愛情の対象ではない相手に性的アピールをされても、冤罪をきせられそうで怖いだけです」
「そっちいくかー!私がこんなに堕とそうとしてるのに!」
参ったなと息を吐き、サキュロスが立ち上がる。
一歩、二歩と歩くたび、全身から小さな魔法の光を撒き散らし、俺の方へ近づきながらサキュロスがゆっくり女性体へと姿を変えた。
カーテンの前に立ったままになっていた俺の前まで来ると、胸に向かいしなだれかかる。相手がロシェルでは無いというだけで、触れられた事に対し抵抗感があり、俺はすかさず後ずさった。無遠慮に見える深い谷間もくびれたウエストに対しても、『早く服でも着たらいいのに』としか思えない。
「話をしに来たのでは?」
更にサキュロスから距離を取り、問い掛ける。
「あぁ……そうだよ、うん」
ニマッと微笑みながら、サキュロスが再度距離を詰めてくる。
「『もう遊ぶのに飽きちゃったから、当初の予定通り、強制的にシドを持ち帰るね』って言いに、ね!」
——と言うが同時に彼の掌が光り、俺の体が自分の意思では一切動かなくなった。
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