テラーノベル
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自由に話す事は出来るが、首から下が固まっている。
「連れ帰る前に味見もしたいし、こっちにおいでよ」
神経質そうな顔でクスクス笑い、俺に向かってサキュロスが手を差し出す。
「巫山戯るな、一体何がしたいんだ⁈」
発する言葉に反し、手が勝手に動いてサキュロスの掌に重ねた。
「こっち来て」と言われ、ベッドに促される。
「嫌だ、今すぐ止めろ!」
森の時の様に魔法を使おうとしたが全く何も起きない。それすら制御されてしまっているみたいだ。
「だいじょーぶ、ちょっと摘み食いするだけさ。此処は私の神殿じゃないしね。流石に私でも、場所くらいは考えるさ」
『摘み食い』というのが何を意味するのかわからないが、嫌な予感しかしない。なのに、体は導かれるままベッドまで戻り、自ら横たえた。
「サキュロス様⁈何をいったい——」
自由にならない。この、強制的に行動させられる事への不快感から顔が歪む。心底嫌悪に満ちた顔を隠さずにいると、少しだけサキュロスが躊躇した。
「……そこまで嫌な訳?流石にショックだなぁ」
口を尖らせ拗ねた顔をされたが、可愛いとは思えない。『ロシェルなら……』と、どうしても考えてしまう。
こちらの感情に対し、めげる事なくサキュロスもベッドに上がり、俺の腰へと跨ってきた。
敬う事も出来ずに叫んだ。よく知りもしない相手に、そんな位置にのしかかられる事が心底嫌だ。
「断る。私は欲しいモノは必ず手に入れるの。今までもずっとそうしてきたし、もちろんこれからもね」
身勝手な発言をしながらサキュロスが俺の着る夜着を引っ張り、ボタンを外し始めた。
怒りに任せて叫んだが、彼は全く動じない。むしろちょっと嬉しそうだ。
「んー!いいね、いいね、その表情‼︎ホント最高だよ!『怒る人間』って超レアだよね。カイルの古代魔法好きに感謝したくなるなぁ。この世界で、シドみたいな人間を見付けるのって、ものすごーく難しいからさ。皆無……では無いとは思うんだけど、それこそ神子の子孫とかじゃないといないからなぁ。そうなると、今の世代は、ロシェルとか、ハク達の子供ってなっちゃうから……それは流石にねぇ」
ボヤきながらもサキュロスの手が止まらない。一つ、二つとボタンを外され、完全に胸元がはだけてしまった。
「……わぁ」
傷だらけの体を見たからなのか、アルとの契約印である刺青のように全身に巻き付く細い鎖模様に対してなのか、サキュロスが短い言葉を零して黙った。—— かと思えば、突然顔がフニャッと崩れ、嬉しそうにされて気持ちが悪い。無遠慮にマジマジと上半身を見られ、そんな視線を感じるのも癪だった。
「綺麗な筋肉だね!体格がいいのは服の上からでも見ていてわかっていたけど、ここまでだとは……」
感心し、彼が俺の体を撫でるような仕草をする。たまに指先が肌に触れると、静電気にでも触れたみたいにバッと手を離し、サキュロスが顔をしかめた。
よく同僚達が“花売り”の女性達と一夜を過ごしたのを見聞きしていたが、よくまぁ好意も無い赤の他人に触れられて平気なものだと改めて思った。自分には無理だ、絶対に。サキュロス程の女体が触れるのですら虫唾が走る。
「降りろ、気持ちが悪い」
「うわ!ハッキリ言うねぇ」
吐き捨てるように言ったからか、ギョッとした顔をされたが、気を使う余裕が無い。
「それにしても、直接触れない部位があるって、何か魔法で保護でもされてるの?」
唸り声をあげて、サキュロスが俺の夜着を引っ張ったり、腕を持ち上げて落としたりする。まるで遊んでいる人形に文句をつける子供みたいだ。
気持ちが悪い、吐き気がする、消えて欲しい、早く神殿に帰れ、いっそのこと俺の事など忘れて二度と目の前に現れないでくれ!
(同じ事をされてしまうなら、絶対に、ロシェルにされたい——)
口には出さず、そんな事ばかりを考えてしまう。
「……あぁ、これか」
こちらが何を考え、何を思っているのか全く気遣おうともしないサキュロスが、俺の首にかかる雫型のネックレスに目を付けた。イレイラがくれたそのネックレスには彼女がかけた魔法が付与されている。俺を守る為に用意された物だ。それがあるおかげで、多分俺は、胸や腹などに直接触れられないで済んでいるのだろう。他にも追加で魔法をかけていた気がしたが、今の俺にはそれを思い出す余裕は無い。 サキュロスがネックレスに指を引っ掛け、今にもそれを壊そうとしているからだ。
「止めろ!それは、イレイラ様が——」
「ビンゴ、だね。はい、こんな邪魔な物はさようならー♫」
焦りから言ってしまった要らぬ一言を聞き、サキュロスが口元に弧を描きながら歌うようにそう言い、ネックレスを思いっきり引っ張った。チェーンが千切れ、部品が散りじりに落ちる。そして雫型のペンダントトップが俺の胸にポトリと転がった。
(何て事だ……折角作ってくれた品を……)
自分が壊した訳では無いが、すまなさに眉を寄せる。
雫型のペンダントトップが虚しく肌を転がって、ベッドに落ちていく様子をジッと見ていると、今度はそれが淡い光を放ち始めた。
「……何?」
異変に気が付き、サキュロスが顔をしかめた。
光を放ち始めたペンダントが二つに割れ、中から青い光を放つ魔法陣が現れる。その様子を前にして、やっとサキュロスの顔にも焦りが見え始めた。
現れた魔法陣がサキュロスの足元に広がり、ジワジワと上へ上へとあがっていく。
早口で叫びながら、サキュロスが両手を前に出し、魔法を発動させる。何とか打ち消せないかと必死に試みている様だが、彼の魔法がペンダントから出た魔法陣にぶつかっても、スッと虚しく消えていくだけだった。
何度も何度も違う魔法を使って打ち消そうとするが上手くいかず、サキュロスの神経質そうな顔がドンドン焦りに歪んでいく。
ジワジワと魔法陣が迫り上がる。サキュロスの下半身はもう消えて無くなり、見えない。上半身だけが魔法陣の上で悪戦苦闘している状態を前にすると流石に俺もどうしていいのか困った。
彼の言う『消えちゃう』が『存在の消去』までいく話なら後味が悪い。なので必死に、ヒントになるような事柄が無いか考えた。
「……イレイラ様が『俺の望む状況に変化する魔法を掛けた』と言っていたくらいしか」
「願い事系⁈え……ちょっと!私がネックレスを無理矢理壊した時、シドは何を考えていたの⁈」
質問に対して答える方がいいのかどうか悩む。思っていた通りになってくれる魔法が発動しているのなら正直都合が良い。だからか、コイツに教える必要性が俺にはわからなかった。
「……『死ね』とは思っていない」
「んなっ!や、もっと詳し……あぁぁっ!待って待って‼︎」
どんどん魔法陣の中に消えていく自身の姿を前にしてサキュロスが不安げに声をあげた。
「カイルじゃ魔法具が無いと古代魔法は使えないし、猫だったイレイラはそもそも無理だ……。——あ、ああああぁぁぁっ!あ、あの過干渉羊オヤジ、まさか、息子の嫁の魔法に便乗したのか⁈いくら息子が大好きだからって、関わり過ぎでしょっ!」
この魔法陣を発動させている者の“正体”が、どうやらサキュロスにはわかったみたいだ。
「わかったからってどうにかなる訳じゃないけど、スッキリはしたな!」
胸の辺りまで消えたサキュロスがそう言い、ちょっとだけ好感度が上がった。好意がどうこうと言い出さなければ、実はそれ程悪い奴ではないのかもしれない。
「良かったな、消える前にスッキリして」
「……私、消えるの?そう願ったの⁈それって、『死ぬ』と同義じゃない?」
焦った顔をしたサキュロスに問われてそっと視線だけを逸らす。 殆ど彼は消えかけているのに、まだ体が動かない。
「帰れ、忘れろとは……まぁ」
「——えっ⁈鬼!悪魔っ、そんなに私が嫌い⁈」
「強姦されそうになっていたのに、好意を向けろと?巫山戯るな!」
「摘み食いだって言ったじゃん!」
怒鳴りつけるようにそう言った瞬間。サキュロスの体が完全に魔法陣の中へと吸い込まれ、すっかり消えてしまった。
腰にのしかかる重みが無くなった事に心底安堵する。だが相変わらず体が言う事を聞いてくれず、ベッドに縛りつけられているみたいな状態のままだ。
(術者が消えた……多分、自らの神殿へ帰還したというのに、何故だ?一体どうしたらいいんだ)
一人ベッドで横になったまま困惑していると、今度は空中に消えずに残っていた青い魔法陣から、「お祖父様、待って!こ、心の準備が——」と叫ぶ声と共に、すとんっと人が降ってきた。
突然腰に重さを感じ、声をあげた。
「……ロシェル?」
「こ、こんばんは……シド」
先程までサキュロスが跨っていた位置に、今度は何故かロシェルが降ってきた事で、頭の中が真っ白になった。
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