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へぇー、と、親分が、呆れた声を出し、広げられた新聞に見入ると
記事を読み上げる。
「……柳原珠子さん、美人番付辞退……。わたくしの様な者が、予選とはいえ、選ばれるとは、もったいないお話でこざいます……世間様をお騒がせするようなことになって申し訳なく思い……だとよ。なんだ、そりゃ。なら、応募しなけりゃいいだろうが」
やれやれと、首をふりふり、親分は、櫻子をちらりと見た。
当然の事ながら櫻子は、固まっていた。辞退するという珠子の記事は、写真付きで、大きく扱われている。そして、その写真は、柳原の屋敷に植わる、あの、桜の木に手を添えて佇む姿だった。
もちろん、着物も、豪華なものを着ていたが、櫻子にとっては、あの思い出の木まで、珠子にとられてしまったような気がして、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
消沈する櫻子を見てか、親分が、豪快に笑った。
「奥さん、心配しなさんな、あんたの苦労は、あらかた聞かせてもらった。はばかりながら、俺も、あんたの仇をとらさせてもらうよ。おお、それと、お玉坊よ。奥様の一大事だ。お前も、恩があるだろう。すりこぎで、奴らを、たたきのめしてやんな!」
櫻子の後ろで立ちすくんでいる、お玉に、親分は声をかける。
「まったく、親分まで子供を煽ってどうするおつもりで?」
八代が呆れる中、金原は、櫻子へ、鋭い目を向けた。
「休んでいろと言ったはずだ。それに、なんだ、その着物は。ちゃんと、新しいものを用意しているだろう!」
「……あ、でも、せっかく立派な尾頭付きの鯛を頂いて……それに、お台所仕事に、用意して頂いた着物は上等すぎて……」
櫻子は、おずおずと、金原へ、言い訳のような答えを返した。
言われた様に、櫻子は、柳原の屋敷で着ていた、くたびれた着物を纏っていた。その方が、言った様に仕事をするには動きやすかったからだ。
しかし、思えば、金原の大切な客人の前。くたびれた着物は金原の面子を潰しかねない。はたと、気が付いた櫻子は、申し訳ありませんと金原へ頭を下げた。
とたんに、金原は、渋い顔をして、黙りこくるが、どこか、落ち着かない様子を見せる。
「いやぁ、こりゃあ、目の毒だわなぁ、八代!あの鬼キヨが、女の一言に、おろおろしているぜ!ベタぼれたぁ、このことか!」
ははは、と、再び親分の豪快な笑い声が響く中、八代も同意の笑みを浮かべる。
「そんな、ことよりも!」
からかわれたと、むっとする金原が、場を沈めようと声を張り上げた。
「珠子の婚礼は、間近ということでしょう。だから、あえて辞退した……と、なると、今度は大々的に、子爵との結婚発表を行うに違いない……親分、亀松を、上手くまとめてくれますか?」
「と、いうと?高井子爵に身請けさせるってことかい?」
ええ、と金原は、実に、愉快そうに答えた。
「……急ぐ、わけだな。すぐに、置き屋の女将に話をつける。上手く、子爵を取り込めと。だがよ、鬼キヨ。身請けさせて、どうするんだ?それじゃ、高井子爵は、両手に花ということじゃないか?仇は、どうとるつもりだ?」
「親分、子爵家は、火の車。珠子が欲しいんじゃなくて、柳原の資産が欲しいですよ。ですがね、柳原は、うちに借金をしている。当然、金などない。証文と、櫻子を引き換えにするぐらいですからね……」
「すまん、両家とも、金がねえのはわかったが、鬼キヨよ。ちいと、話が読めねぇんだが?」
困惑する親分へ、金原は、悦に浸りながら答えた。
「柳原には、うちへの利息が残っている。そして、高井子爵が、亀松を身請けするにも、金が必要だ」
ニヤリと笑う金原に続き、八代が、答える。
「なるほど、つまりは、亀松の身請け代金を、金原商店が、都合をつけると……そりゃ、大変だ。暴利の金貸しから、金を借りることになる。ついでに、柳原の利息を引き上げれば、両家ともに、首が回らなくなると……」
「はあー、さすがは、鬼キヨだねぇ。絶対に損はしねぇと、きたもんだ。まあ、そんくらい、やらねぇと、櫻子さんとやらの仇は、とれねぇか」
親分は、唸りつつ、しかし、何かに気が付いたようで、再び、金原へ問うた。
「それはよぉ、単なる、借金、金の問題として、片付いちまうだろう?珠子は、子爵夫人になっちまうだろうが?」
「だからこその、亀松ですよ。珠子が、いや、義母の勝代が、黙っているでしょうかねぇ。妾付きの男が、娘の婿になるんですよ。下手すれば、柳原の家へ、子爵家かが、身請料をせぶりに行くかもしれませんしね。そこら辺り、こちらも、上手く動かなければ……」
よし、と、親分は、立ち上がった。
「事は急ぐというわけだ。早速、動かねぇとな」
「あれ、親分。櫻子さんの、手料理ぐらいは食べてってくださいよ」
「おっと、八代!そうだな!よっしゃ、前祝い、いや、諸々の祝だ!頂こうじゃねぇか!」
では、もう一杯と、八代が、親分へ酌をした。
「……ここは、いい。お前は、休んでいろ……それから、後の事は、任せておけ。そんな、顔で、俺を見るな」
とんでもない悪巧みを耳にしたと、怯えている櫻子へ、金原は、しっかりとした口調で言った。
「おやおや、仲が、よろしいようで」
くくく、と、含み笑いながら、酌を受けつつ、親分は、金原と櫻子の姿に目を細めた。
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