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教室の空気は重く、ざわつく囁きが底知れぬ緊張を帯びていた。プリントに書かれた「日下部と遥、互いに責め合え」という指示が、点数制の加害ゲームとして発表される。教師は表向きに説明を読み上げるだけで、背後では手元の記録を黙々と更新していた。生徒たちは笑いながら、だが目は鋭く、二人の反応を待つ。
日下部は机の下で遥の手を握る。
「……やらせるわけにはいかない」
だが声は低く、遠くには届かない。目の前では、クラスメイトが二人を隔てる形で配置され、互いを非難する言葉をぶつけさせようとしている。
教師の言葉に従えば、プリントの質問に答えるだけで「点数」がつく。
しかし今回は、単なる記述では済まない。
「あなたが家でやったこと、隠したことを相手に指摘しなさい」と書かれたカードを、ランダムに引かせられるのだ。引いた者は、相手に向かって一言、家庭の“過去の失敗”や“秘密”を言わざるを得ない。
生徒たちは楽しげに笑い、嘲る目でカードを見せる。
遥は膝の上で手を握りしめ、視線を下げたまま。
(……俺は、何も言えない)
過去の虐待、家庭での地獄、蓮司に巻き込まれた記憶。すべて口にすれば、誰かを傷つけることになる──それが遥のルールだった。
日下部は胸の奥で怒りを燃やす。
「俺がいる、絶対に守る」
彼は小さく首を振り、カードを手にしたクラスメイトを睨む。声は出さずとも、威圧の気配を漂わせる。だが、教師は微笑みながら遠くから観察するだけ。加害ゲームは静かに、確実に進行していた。
一人の女子がカードを手に取り、にやりと笑う。
「ほら、言って。お互いに家庭のこと、暴露しあって」
言葉を出せば点数がつく。拒めば、逆に体罰や公衆の嘲笑が待つ。
遥の指が震える。日下部は膝の下で彼の手をぎゅっと握る。
「……やらせない」
日下部は小声で、しかし強く言った。
「絶対、俺たち二人でやるのはやめる」
その瞬間、クラスの一部がざわつく。点数を稼ぐ機会を潰された怒りと、観察されている興奮が混ざり合う。教師は黙ったまま、記録に手を伸ばす。蓮司の計算通りだ。二人の抵抗は、ゲームをより苛烈にする起点になる。
次のカードが、遥の手元に置かれる。
「日下部の弱点を暴け」
瞬間、クラスの空気が張りつめる。視線は二人に集中し、笑い声は徐々に消えた。遥は視線を下げ、手の震えを押さえ込む。日下部は膝の下で、ただその手を握る。
(……誰も、俺を壊せない)
(でも、俺が触れたせいで、壊れるんだ)
日下部の存在だけが、遥にとって唯一の防波堤だった。教師もクラスメイトも、裏で蓮司も、すべてが二人を潰すために仕組まれている。だが、目の前で日下部が耐える限り、遥は完全には崩れない。
カードの指示に従えば、二人は互いを責め合わざるを得ない。
だが、日下部は静かに首を振り、少しの言葉も出させない。
その行動は、クラスの加害者たちの苛立ちを煽る。
一方で、遥は胸の奥で、抑えきれない恐怖と怒り、罪悪感と保護される安堵が交錯する。
この“強制対立の罰”は、単なる遊びではない。
加害の輪を見せつけ、二人を心理的に追い詰める娯楽。
だが、日下部の不器用な守りが、僅かに残る希望を灯す。
蓮司は裏で、微笑む。
すべては思惑通り。加害者のゲームは、今日もまた、二人を引き裂きながらも繋ぎ止める。