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教室は昼下がりの光で満ちていたが、空気は重く、ざらついていた。蓮司の仕掛けた“点数制いじめゲーム”は静かに、しかし確実に進行している。
今日は「過去」がテーマで、クラス中の誰もが隠したい記憶を暴かれることを覚悟させられていた。
日下部は机に座ったまま、無言で前を向く。教師は表向きは介入せず、裏では記録用の視線を光らせている。だが、クラスの視線は日下部に集中し、無言の圧力で押し込めようとしていた。
「……じゃあ、日下部、過去の“後悔”を言ってみろよ」
誰かの声が投げかける。小さく、しかし確実に重い。日下部は微かに肩を震わせたが、口を開かない。教師はにやりと笑い、プリントを持っている生徒に目配せする。プリントには“正直に言えば得点アップ”と書かれている。
突然、ペンを握る手が日下部の肩に置かれる。軽く押され、ペン先が腕に食い込む。小さな痛みだが、視線と空気がそれを何倍にも重くする。遠くの席から、誰かが小声で囁く。
「見ろよ、動かない……」
日下部はじっと耐える。苦痛を押し殺すように呼吸を整え、眉をしかめても声は出さない。その様子を見た遥は、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
(もう、これ以上、日下部を傷つけさせたくない)
目の前の光景は、想像以上に残酷だった。誰も直接手を下していないのに、教室全体が加害の輪になっている。笑い声も、声援も、罵声もない。重く静かな圧が、日下部の身体に食い込む。小さなペンの跡、揺れる手、赤くなる頬──それらがすべて、遠くの誰かの得点に換算されていくのだ。
遥は、自分の体が震えるのを感じた。手を出せば助けられるかもしれない。しかし、出せば自分が消耗する。被害を一手に引き受ける覚悟が必要だと、心が訴えていた。日下部の無言のまっすぐさが、遥を押し込む。
(……俺が、動かないと……)
(……このままじゃ、日下部が壊れる……)
ペンの圧力が強まる。日下部は微動だにせず、ただ耐える。教師はわずかに視線を逸らし、しかし誰も介入しない。クラスの空気は次第に息苦しさを増し、遥の心の奥底に“懇願”の火を点す。
(お願い……もう、俺が……俺が何でもするから……)
(もう、日下部を巻き込まないで……)
遥の心は極限まで追い込まれていた。日下部の無表情は、救いにも見え、罰にも見える。声を出せば助けられるかもしれない。しかしその代償は、遥自身が引き受けるしかないことは明白だった。
教室の沈黙が、全てを押し付ける。小さなペンの跡、微かに震える肩、赤く染まる頬──それを見つめながら、遥は心の中でひとつの決意を固めた。
(俺が、全部受ける……日下部には、もう、何もさせない……)
その瞬間、加害の輪はより濃く、遥を追い詰める。しかし同時に、日下部の耐え抜くまっすぐな姿は、遥の歪んだ正義感と自己犠牲を突き動かす。教室の光景は、絶望と決意の交錯する地獄そのものだった。