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相談室の扉が静かに閉まった。 今日の相談者は、中学二年生くらいの少年だった。手を組んで椅子に座り、視線は床に落ちたまま。
「……俺、怒りとか、悲しみとか、全然コントロールできなくて」
声がかすれ、肩が小さく揺れる。
「ちょっとしたことで、すぐイライラして、友達に当たっちゃう。泣きたくなるのに、泣けない。……もう、自分でもわけわかんないんだ」
遥は静かに息を吐いた。
――わかる。
自分だって、家でも学校でも、感情を出すと叩かれたり笑われたりした。
だから、感情を押し込めるしかなかった。抑えすぎて、時々爆発する。誰にも理解されない。
「……そういうときは、どうしてるの?」
遥が訊いた。
「どうもしてない……気づいたら、手が震えてたり、声が裏返ってたりするだけ」
遥は視線をそらし、机の角に指先を擦りつけた。
「俺も同じだよ。怒りも悲しみも、無理に押さえ込んでたら、ある日いきなり全部出る。で、あとで自分でびっくりする」
少年は少し肩をすくめた。
「でも、出したら迷惑かけるし……だから、やっぱり抑えるしかないんだ」
「……迷惑、かもしれないけど」
遥は少しだけ声を強めた。
「抑えすぎて壊れちゃうより、少し出してもいいと思う。俺は、どうしようもないときは、紙に書いたり、壁に向かって声を出したりする。人には見せられないけど」
少年は小さく頷き、机の上で手を握りしめた。
「……それで、少し落ち着くの?」
「うん……完全には消えないけど、少しだけ楽になる」
遥は目を伏せ、手のひらに力を込める。
「無理に感情を押さえなくてもいい。吐き出す方法は、他にもある」
少年はしばらく沈黙して、やがて小さく息を吐いた。
「……俺、少し試してみようかな。怒りとか悲しみを、壊れない範囲で出すやり方を」
遥は、わずかに微笑む。
「そう。少しずつでいい。全部一度に変わるわけじゃないから。俺もまだ、毎日耐えてるけど、こうやって少しずつ、自分の感情と折り合いつけてる」
窓の外には午後の光が差し込み、相談室の壁に二人の影を伸ばす。
少年は立ち上がり、少し背筋を伸ばした。
――まだ怖いけど、少しだけ、自分の感情と向き合う勇気が出た。
遥は机に顎を乗せたまま、そっと息を吐いた。
――感情を抑えすぎても、押し出せなくても、生きてるだけで精一杯。
でも、少しでも、自分を傷つけずに表現できる瞬間を見つけることが、生きてる価値のひとつになるのかもしれない。