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#勧善懲悪
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箱庭座の倉庫から戻った翌朝、ルドヴィナは公民館の廊下を無言で拭いていた。いつ来ても床はきれいで、掲示板の紙は端までまっすぐだ。変わらないことを守るのが、この人の生き方なのだと一目で分かる。
「昨日は助かった」
サペが声をかけると、ルドヴィナは雑巾を絞りながら言った。
「鍵を貸しただけ」
「それが大きい」
「大きくしないで。私は目立つの苦手」
そう言うわりに、困っている相手を放っておかない。そこがキオノフの好きになったところなんだろうな、とサペは思うが、今は口にしない。
ルドヴィナはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと漏らした。
「変わらないでほしいのよ」
サペが顔を上げる。
「公民館も、公園も、箱庭座も。少し古くても、今まで通りでいてくれたら、それでよかったのにって、たまに思う」
その言い方は、弱音というより告白に近かった。
「でも、今のままだと奪われる」
サペが言う。
「分かってる」
ルドヴィナはうなずく。
「だから嫌なの。変わらないままじゃ守れないって分かるのが」
廊下の向こうから、キオノフが紙袋を提げてやってきた。ルドヴィナを見るなり、少しだけ歩幅をゆるめる。
「差し入れ。昼抜くと思って」
「抜かない」
「でも持ってきた」
そのやり取りがあまりにもいつも通りで、エリアが後ろで小さくにやけた。
ルドヴィナは咳払いして話を戻す。
「……見せたいものがあるの」
彼女が案内したのは、公民館の裏手にある古い倉庫だった。普段は掃除道具や古い催事用品しか入っていない場所らしい。けれど一番奥、布をかぶせた棚の裏に、細い扉があった。
開けると、そこは小さな保管部屋になっていた。
古い舞台幕、手回しの照明、木箱、背景板、人形の手足。
「箱庭座が一度改修した時、捨てるって言われたものを少しだけ避難させたの」
ルドヴィナが言う。
「勝手に」
トルードが思わず息をのむ。
「これ、全部昔のか」
「全部じゃない。でも、大事なものはある」
サペはゆっくり部屋へ足を踏み入れた。湿気の少ない匂い。ちゃんと守られてきたものの気配がする。
壁際の箱には、工房の刻印がいくつも押されていた。
「どうして今まで言わなかった」
サペが聞くと、ルドヴィナは少し困った顔をする。
「だって、出したら終わりそうだったから。大事なものって、隠してる間はまだ失ってない気がするでしょう」
その言葉に、エリアの表情がふっとやわらぐ。
「分かる」
彼女は小さく言った。
サペは部屋の奥で、細長い木箱を見つけた。ふたには、薄く文字がある。
照明目録 雨上がり公園舞台用。
まだまだ、出てくる。
過去は、勝手に消えてなんかいなかった。