――深紅、薄紅、萌黄色。
彼方の崖から、ひらひらと花びらが舞い落ちている……。
「ミヒ?」
私を呼ぶのは誰?
少しごつごつした指が頬を這う。
……髪……。
顔にかかった鬢《びん》の乱れをとく――。
ジオンなの?
ねえ見て、お花が綺麗……。
万物を支配し、神のごとく君臨したい――。
遥か昔、陸に国を構える王達は、己が栄華を渇望した。
祝福は必ず自分に向けられると信じ、持つ剣で血を流し、馬で駆けだす。
ハン・ジオンもそんな王の一人だった。
住む国は、祖先が残したものではなく、自らの手で奪いとったもの。
むろん、側に横たわる女も――。
「どうした?」
ミヒが目を開けると、確かにジオンがいた。
飛び抜けて美男というわけではないが、一国の王らしく、凛《りん》とした顔を何やら曇らせている。
「また、見たのか?いつもの夢を」
「ええ」
「気が立っているのか?ん?」
川面に突き出す崖から、色とりどりの花びらが、風に乗って舞い落ちていく――。
ミヒがこの夢を見るたび、ジオンの機嫌は悪くなる。
今夜もまた、渋い顔つきで寝台をぬけだすと、黙って蝋燭の明かりを灯した。
……どうして、ジオンがいる時に、この夢を見るのだろう。
灯った明りに気付いた侍女に、なんでもないとジオンは声をかけていた。
なんでもなくはない……。このまま帰ってしまうのに。
ジオンに背を向けるように寝返ると、ミヒは目を閉じた。
「心配なのだよ。お前はいつも同じ夢を見る。気づいていないのか?とてもうなされている」
少し節太な指が、ミヒの背を走る。
「私が正妃をめとるからか?だから、お前は……気が立っているのだろう?」
いつになく、物悲しい声が流れる。
――ミヒは、ジオンの愛妾だった。
幼い時、親と生き別れたところを、ジオンに拾われた。
物心付いた時には、すでにこの屋敷で暮らしており、ミヒは自分の過去を知らなかった。
生まれがはっきりしないと、ジオンの住居である宮殿に上ることもなく、王の私的な女として、用意された屋敷で、一人過ごしている――。
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