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相談室のドアが、控えめに開いた。 入ってきたのは、肩までの髪を結んだ女子生徒。手にはスマホをぎゅっと握りしめている。
 「……あの、友達のことで」
 彼女はそう言って椅子に座った。声は小さく、どこかためらいがちだ。
 「 ……なんか最近、うまくいかなくて」
 「ケンカでもした?」
 「ううん。ケンカじゃないんだけど……みんなの会話に入れなかったり、グループの写真に自分だけいなかったり。気づいたら一人でいることが増えてて……」
 彼女の手の中のスマホが、わずかに震えていた。
 「”友達なのに”って思う。なのに、私がいないときは普通に楽しそうで……。私って、いてもいなくても同じなのかなって」
 遥は静かにその言葉を聞いていた。彼女の声は弱々しく、それでも必死に誰かとつながりたい気持ちがにじんでいた。
 「……俺、友達いないよ」
 唐突にそう言った。
 彼女は顔を上げ、目を見開く。
 「え?」
 「ほんとにいない。教室でも一人だし、休み時間も一人。だから”友達と合わない”って悩みを持てるの、ある意味すごいなって思った」
 「……でも、それって寂しくない?」
 「寂しいよ。めちゃくちゃ」
 遥は即答した。
 「でも、いないからこそ、余計なことで悩まなくてもいい。裏切られることも、置いていかれることもない」
 彼女は小さく息を飲む。
 「それって……強がりじゃなくて?」
 「強がり半分、本音半分。俺は”友達がいない自分”をもう受け入れた。……だから逆に、お前みたいに”友達がいるけど不安”って気持ちは、正直ちょっと羨ましい」
 沈黙が落ちる。彼女はスマホを見つめ、そしてぽつりとつぶやいた。
 「……じゃあ、私、まだ恵まれてるのかな」
 「恵まれてるかどうかはわからない。でも、友達がいるなら、それを”ゼロ”にしないように守ることはできると思う。……たとえ全部に混ざれなくても、一人でも、ちゃんと話せる子が残ってればいい」
 彼女の瞳に、ほんの少し光が戻った。
 「友達全員に好かれるのは無理だよ。俺なんて全滅だから」
 遥は自嘲気味に笑った。
 「でも、一人残るだけで、全然違うと思う。お前はまだ、ゼロじゃない」
 彼女は小さく笑った。泣き笑いに近い表情だったが、それでも確かに笑顔だった。
 「……ゼロじゃない、か」
 「そう。ゼロじゃない。それは大事なことだ」
 その言葉を胸の中で反芻しながら、彼女はスマホをそっとポケットにしまった。
”ゼロじゃない”。その事実が、彼女をほんの少しだけ軽くした。