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相談室のドアがゆっくり開き、男子生徒が入ってきた。 背中を丸め、両手を制服のポケットに突っ込みながら、彼は椅子に腰を下ろす。
 「……休み時間、どうすればいいんだろう」
 ぽつりと、声は小さかった。
 遥は顔をしかめながら机に肘をつく。
 「休み時間?」
 「うん。教室でも廊下でも、誰とも話せなくて……。みんな楽しそうにしてるのに、俺だけ取り残されてる感じがする」
 彼は視線を床に落とし、足先を小さく動かした。
 「……席、決まってるのか?」
 「うん。でも、誰と隣になるかは選べないし。話しかけても、すぐに返事が返ってくるかもわからない。返ってこなかったら、また気まずくなる」
 その言葉には、日常の重さがにじんでいた。
 遥は少し考え、口を開いた。
 「俺、友達いないから、正直そういうのめちゃくちゃわかる」
 「え……」
 「休み時間に手持ち無沙汰になったり、廊下で誰かとぶつかりそうになったりすると、心臓ばくばくするよな」
 男子は驚き、そして少しほっとしたように肩を緩めた。
 「ほんとに? 遥も?」
 「うん。だから言うけど、無理に話そうとしなくてもいい」
 「でも、何もしないと孤立する気がして……」
 「孤立、か。確かにそう見えるかもしれない。でも、周りは案外、お前のこと気にしてないこと多い。……俺も気にされない」
 遥は淡々と言った。
 「だから、休み時間をどう過ごすかは、自分で決めていい。別に話さなくてもいい」
 男子は少し目を丸くした。
 「話さなくていいって……でも、それって……」
 「逃げてるんじゃない。俺は”休み時間を耐える”って考えてる。耐えながら、自分のペースで動く」
 遥の声は低く、でも力強かった。
 「……耐えるって、なんか暗いね」
 「暗いかもしれないけど、無理して明るくするよりマシだ」
 男子は肩をすくめ、少し笑った。
 「……そっか、ちょっと気が楽になったかも」
 遥は視線を遠くに飛ばしながら続けた。
 「あとさ、何もしない時間に、少しだけ自分の好きなことしてみればいい。漫画でも音楽でも、教室の隅で読んだり聞いたりするだけでも、休み時間の『耐え』がちょっと変わる」
 男子はうなずき、ポケットの中の手を握り直した。
 「……やってみる。少しだけ、自分の時間にする」
 「それでいい」
 窓の外では、木々の葉が風に揺れて光を反射していた。
男子の表情はまだ少し硬いが、入り口に立ったときの緊張は薄れていた。
 ――休み時間は孤独かもしれない。けれど、誰かと話せなくても、自分の時間を持つことはできる。
そのことを、遥は黙って見届ける。
 彼の小さな一歩が、次の休み時間を少しだけ軽くするはずだった。