テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第4話「声の残響が、止まらない」
登場人物:セナ=リューク(澄属性・3年・卒業間近)
廊下の天井から、声が落ちてくる。
セナ=リュークは、顔を上げなかった。
背の高い、細身の体。肌は光を弾くように透明感があり、濡れたような銀色の髪は首筋にかかる。
澄属性特有の制服は淡い灰水色。胸元に付いた「卒業予定者章」がひときわ薄く光っていた。
その朝も、音は続いていた。
自分の声──“昨日の自分”が放った言葉が、廊下や壁の波に残って、繰り返していた。
「大丈夫、大丈夫、わたしは──」
その声は、校舎のどこにいても聞こえる。
誰も直接は言わないけど、生徒たちはそれを「セナの声」と知っていた。
ソルソ社会では、感情の波が環境に記録されることがある。
特に澄属性は、共鳴の濃度が薄く、逆に“感情の抜け殻”を外に残しやすい。
声が澄みすぎると、空間がそれを覚えてしまう。
セナの声は、何度も学内の壁に刻まれていた。
「もう消さないの? それ」
同じクラスの圧属性・ミトが言った。
背が低く、重たいまつ毛の向こうから見上げてくる。
「消すの、こわい」
「……なんで?」
「いまのわたしより、きっと昨日のわたしの方が、ちゃんと“生徒”だった気がするから」
セナは、もう変質を終えている。
“個性が完成しかけている”と言われる段階。
でも、それが不安だった。
完成してしまったら、波は止まってしまう気がした。
その先の自分が「誰なのか」わからなかった。
その夜、セナは記録室の裏手にある小さな水草水槽の前に座った。
そこでたまにだけ掃除をしている非常勤の先生──
シオ=コショーが通りかかった。
「あの……声、って、消えますかね……自然に」
「うーん……うまくいけば、海みたいに……すこしずつ、深くなるだけだよ」
それだけ言って、彼は泡の音といっしょに消えた。
翌朝、残響はまだあった。
でも、少しだけ低くなっていた。
それはまるで、**“波の奥に沈んだ声”**のようだった。
変質は終わってない。
卒業も、たぶん、まだ“途中”だ。
完成しそうな自分の輪郭が、少しだけゆらいでいる。
それがいまのセナには、なぜか心地よかった。