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385
#現代ファンタジー
むぎ 🖤🪽
73
#死ネタ、流血表現、暴力表現
穏霞 乃矢
2,886
マラーの執務室の前。スメラは深く息を吸い、カードキーを読み取り口へ差し込んだ。
カチリ――。
封印魔方陣が淡く揺らぎ、重い扉がゆっくりと開き、冷たい空気が頬をかすめた。自動で室内灯が灯り、室内は驚くほど整然としていた。灰色の壁に覆われ、中央には重厚な黒いデスク。無駄な装飾は一切ない。だが、壁一面を埋め尽くす本棚だけが異様な存在感を放っていた。
国家統治論。
軍事戦略史。
帝国興亡史。
革命家たちの伝記。
そして――
『秩序と支配』
『国家の再設計』
『混乱期における強権政治』
(まるで国家そのものを実験対象として見ているみたい……)
背筋に寒気が走る。
その中には『リヴァン・カイザ著 国家再建論』もあった。
大量の付箋が貼られ、何度も読み返された形跡があった。スメラは、本棚から視線を落とし、デスク脇に設置された小型保管庫へ目を向けた。
(ここね)
内ポケットから、以前マラーのカップから採取した、簡易指紋フィルムを取り出し、認証部へ押し当てる。赤い認証灯が青へ変わった。
カチリ。
ロックが解除される。
保管庫には数冊のファイルが並んでいた。
都市開発契約書類。
王国軍精鋭隊関連書類。
そして――
帝国とイーサム王国の合意文書。
スメラの手が止まった。
文書の一節に、赤いインクで大きく×印が引かれている。
その横には、マラーの筆跡で乱暴に書き殴られていた。
――Pax per Potestas.支配による平和。
その文字だけが異様なほど強く刻み込まれている。
(何よ、これ……)
スメラは眉をひそめた。
(わざわざ合意文書に×印を付けて……)
まるで外交や協調そのものを否定するかのようだった。
支配による平和。
その思想に、どこか危うさを感じる。
この男は国を守ろうとしているだけではない。もっと別の何かを見ている。スメラは素早く文言を書き写し、書類を元の位置へ戻した。だが、まだ終わりではなかった。視線は自然とデスクへ向かった。
(私の部屋のデスクと同じ構造ならば、この中央二段目の引き出しを開くと……)
スメラは小型ピッキングツールを差し込み、慎重にロックを解除する。
「――カチッ」
引き出しが開いたその瞬間、淡い青白い光が浮かび上がった。
ホログラムパネル。
複数のファイルが表示される。
その中に、一つだけ、厳重なロックが掛けられた鍵付のファイルがあった。
【Z-Retro】
これは、たしか……国家機密ファイル。リヴァンとマラーしか開けられないファイルだわ)
スメラは息を呑んだ。
そして、恐る恐る指先をファイルに触れる。
瞬間、ホログラム画面が切り替わった。
認証画面が展開される。
――パスワードを入力してください。
「やっぱり……」
当然だった。国家機密を無防備に置くはずがない。
スメラは眉をひそめた。
(マラーなら何を設定するのかしら……)
脳裏に、合意文書へ殴り書きされたあの言葉がよみがえる。
――Pax per Potestas. 支配による平和。
あれほど強く書き込まれていたのだ。
もしや、マラー自身の信条なのではないか。
「まさか……」
スメラは慎重に入力した。
だが――
不正解。
無機質なエラーメッセージが浮かび上がる。
「違う……」
焦りが募る。
しかし同時に、一つの確信も生まれた。
あの言葉は単なる走り書きではない。
マラーの思想そのものだ。
だからこそ、答えはその先にある。
マラーは何を読み、
何に影響を受け、
何を信じているのか。
その思想の源を探らなければならない。
ふと視線が本棚へ向いた。
壁一面を埋め尽くす書物たち。
(本……)
その瞬間、ある可能性が脳裏をよぎった。
(もしかして、あの言葉は本のタイトル――あるいは引用文なのかもしれない)
並ぶ背表紙を一冊ずつ追っていく。
その時だった。
「あった……」
本棚の最上段。
他の書籍より古びた革装丁の本が目に入る。
タイトルは、
『Pax per Potestas:異端政治論と魔導国家の構築』
帯には、こう記されている。
『秩序は対話によって生まれない。秩序は支配によって維持される』
スメラは思わず息を呑みながらページをめくる。そこには赤いインクで無数の書き込みが残されていた。
マラーの筆跡だ。スメラの背筋に寒気が走る。
(これが……マラーの思想)
さらにページをめくった瞬間、
スメラの手が止まった。ある一文に、赤いインクで何重にも線が引かれていた。
――支配の中に、秩序は生まれる。
そして、その秩序は王との契約によって完成する。
既存の秩序を修正するのではない。一度、すべてをゼロに戻す。
Zero State――現行の国家体制を一度リセットし、新たな秩序を構築する――。
そのすぐ横には、マラー自身の筆跡で奇妙な記号が書き込まれていた。
――Ω13Φ Z-Retro
スメラの視線が、記号の上で止まる。
(そういえば、マラーは、数字や記号に独自の意味を持たせていたわね……)
(Ω……)
(Ωは……ギリシャ文字の最後の文字。終わり――つまり、終末を意味しているわね……)
(13……王)
そういえば、カードゲームでも「13」はキング――王を示す。
マラーにとって、13はただの数字ではない。
――王を意味する符号。
スメラは、もう一度「Ω13Φ」を見つめた。
(そして、Φは……)
スメラは、記号の形に目を凝らした。
(円環……)
始まりと終わりがつながる形。
(契約だわ……)
その瞬間、三つの記号が一つにつながった。
(Ω……終末)
(13……王)
(Φ……契約)
スメラの背筋に、ぞくりと寒気が走った。
( 終末の王の契約 これが……パスワード!)
スメラは本を抱えたままデスクへ駆け戻った。
ホログラムパネルを再起動する。
【Z-Retro】
パスワード入力画面。
(リヴァンが、もし事件に関与していた証拠が開くかもしれない……)
(それでも、その事実を、確かめなければならない……)
(見るのが怖い……すごく、つらい……)
(でも、確かめなきゃ……リヴァンが関わっていないことを……祈りたい……)
スメラは震える指で、記号を入力した。
「Ω」「1」「3」「Φ」
数秒の沈黙。
一秒が永遠のように感じられ認証が完了した。
ホログラムが青白く発光する。
ロックアイコンが砕け散り、ファイルが静かに展開された。
「何これ……嘘……」
スメラの顔から血の気が引いた。そこに映し出されていたのは。
コメント
1件
読んだよ……「Pax per Potestas」、めっちゃ重くてゾクゾクした(震え) マラーの執務室、整然としてるのに異様な圧があったよね……本棚に並ぶ国家論の数々、『秩序は支配によって維持される』って帯、全部ヤバい。スメラがパスワード解いたときの「嘘……」って絶望、心臓ギュッてなったよ。リヴァンとマラーの秘密、この先どうなるんだろ。続き、ちゃんと受け止めたい……🌙