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Side彪斗
ただ強引に手を引いて、痛いという訴えにも耳を貸さず、優羽を寮に連れ帰る。
寮に着いた早々、多目的用に設けられたホールに優羽を押し込んだ。
「彪斗くん…」
「おら、グズ、もたもたしてねぇで今日の練習始めるぞ」
「ね…なにをそんなに怒ってるの?」
「怒ってねぇよ!」
びくり、と震えて、優羽は口をつぐんだ。
くそ…
怖がらせるつもりなんてないのに…!
優羽に問い質したいことが山とあった。
なにがあった。
連れて行ったのは誰だ。
頬はどうした。
誰に叩かれた。
いつ雪矢と会った。
なに話してた。
なにされてた―――。
山ほどあり過ぎて、頭がメチャクチャになっていた。
こんなんじゃ、ふたりきりで落ち着いて練習なんてできやしねぇ。
今のこの俺の心じゃ、優羽になにしでかすかわからなかった。
俺たち生徒会は今、約一週間後に開催される学校祭で特別公開することになった演劇の練習にはげんでいた。
この学校の生徒会とは、無理矢理役職を押し付けられた連中で構成された、ほとんどお飾りのような存在だ。
当然ながら、各自に職務へのヤル気なんてあるはずもなく、クサクサした気持ちで集まっているため、メンバー同士の仲もいいと言えるものではなかった。
『わたしたちはちがうと思うんだよねー!』
けど、異論を唱えてきたやつが一人。
『わたしたちってー、歴代の生徒会の中でもかなりまとまってていいカンジのグループなんじゃないかなって思うわけ』
寧音だ。
『ねー、だからさ、このメンバーで生徒会やれるのもあと数ヶ月なんだし、今度の学校祭でさ、ぱぁーっと思い出づくりしよーよ!』
と、提案してきたのが、演劇の公演だった。
もちろん、俺と洸はおもいっきり渋面を浮かべた。
演劇…。
しかも「シンデレラ」…だと!?
ついに頭のネジがトんじまったか、と思ったが、
『もちろん、主役は優羽ちゃんだよ!これはただの劇じゃなくて、優羽ちゃんの芸能界デビューの前哨戦も兼ねてるんだから』
という言葉に、うかつにも俺の心は動かされてしまった…。
たしかに、臆病な優羽には、いきなり大舞台にたつのはきついかもしれないが、学校祭ならちょうどいい規模だ。
優羽もこれにはビクビクながらも、やってみたいとやる気を見せ、当初から優羽を惹きたてたい思っていた雪矢もプロデューサー魂をたぎらせ、自分が脚本と演出をやると宣言した。
ちなみに、問題の王子役だが…。
意外なことに雪矢は王子役を辞退した。
脚本と演出に専念したいというプロ意識によるところが大きいらしいが、
『フィクションで恋人になったって面白くない』という完璧主義の雪矢らしい意地もからんでいたかもしれない。
そうなれば、空席の王子役は決まってる。
『仕方がない。ここは実力派俳優の俺が』と乗り気の洸を黙らせて、晴れて俺が王子役となった。
おままごと劇とは言え、二度としないと誓った役者をまたやる羽目になろうとは思ってもみなかったが…優羽とふたりで練習する日々は、小さな喜びの連続で、とても満ち足りていた。
けど。
今日だけは、いつもと真逆の心地だった。
明らかに叩かれたんだろう頬の腫れ。
雪矢としていた会話。
そして、雪矢の行動…。
いったい、雪矢となにしてたんだ、優羽…!!
激しく問い詰めたかったけど、みっともない気もして、俺のプライドが許さなかった。
けど、気が気じゃねぇんだ。
俺をこんなに困惑させやがって…。
優羽…。
おまえ、今自分がどういう状況にいるのかわかってんのか。
「あら…衣装…?わぁ、やっと届いたんだね、彪斗くん」
黙りこくっている俺といるのが気まずいのか、テーブルの上に置いてあった箱を発見すると、優羽は大袈裟なくらいのリアクションで箱に駆け寄った。
「どんな衣装かな?衣装担当の寧音ちゃんがね『すっごく素敵なの選んだよ!』って言ってくれてたんだけど…」
とワクワクした様子で出して見せた衣装は、たしかに寧音の言う通りのものだった。
ヒロインにぴったりの綺麗なベリー色。
けど、嫌みがない淡く上品な色で、なにより優羽にめちゃくちゃ合っている。
ドレスを俺の前に掲げた瞬間、優羽の顔が何十倍にも可愛く見えて、今更ながら見惚れてしまうくらいだ。
しかも、花を多くあしらったデザインもコテコテしてなくて、華奢な身体を奇麗に見せてくれそうだった。
「ふぅん。いいんじゃね?…じゃ今日は、それに着替えてやるぞ」
精一杯素っ気ない口調にして俺が言うと、
優羽は戸惑いつつもはにかんだ微笑を浮かべた。
「ん…。じゃ着替えてくるから待っててね」
「五分で着替えろ。俺は外で待ってる」
長い長い五分だった。
結局、待てなくて、
「おい優羽、着替え終わったか??」
四分四十五秒になった時点で扉をノックする。
「も、もう時間?待って…まだ…!」
「早くしろよ」
「もうちょっと…!もうほとんど着たんだけど…」
「まだー?」
「ファスナーが…っ」
ガチャ!
「きゃっ!」
…ぶっちゃけ、ちょっと、心配だったけど、優羽は無事着替え終わっていて、すっかりドレスに包まれていた。
といっても、背中のファスナーを締めるのに悪戦苦闘しているヘンなポーズではあったが。
「もう…!彪斗くんのバカ!!まだ、って言ったのに」
「もたついてるおまえが悪い。背中締めれないのか?」
「もうちょっとなんだけど…。わたしあまり身体がやわらかくなくて…」
「うーん!」と腕を伸ばして唸っている必死な顔を見るのもなんだかしのびなく、俺は人差し指をくるっとまわして、溜息まじりに言った。
「後ろ向け。俺が締めてやる」
「え…!そんな…い」
「あーめんどくせぇ!早く向けよ」
と、優羽の肩をつかんでくるりと反転させると、ファスナーはあと十センチほど、というところでぱっくり割れていた。
不覚にも、ドキリとなる。