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極上イケメンさんは困った表情もイケメンさんだ。
そんな彼に、これ以上不吉なことは言いたくない。
私はお気に入りのスカートだということも忘れて、両手できつく握った。
「試験……の結果発表とかありませんかね」
「ないね」
被せ気味に即答され、私は肩を落とす。
「昨日は、事故、ってわかったんだよね?」
頷く。
『わかった』という表現が正しいかはわからないけれど、確かに思った。
「昨日は『止まれ』で今日は『落ちる』か」
鴻上さんが呟く。
「表現がさ、違うなと思って」
「あ……」
確かに、昨日は『止まって』ほしいと思った。
今日は、『落ちて』しまう、と思った。
昨日と同じ願望のような表現をするなら、『落ちないで』だ。
「ま、とにかく気をつけて行こうか」
鴻上さんが腕時計に目をやり、私はハッとした。
歩き出した彼の後に続く。
「すみません! 鴻上さんまで遅刻させてしまって」
「いいの、いいの。俺、肩書はあんなだけど、決まった仕事があるわけじゃないし。専務に呼ばれた時だけの出社でもいいくらいなんだ」
「すみません……。こんなに優しくしていただいているのに、私いつも不吉なことばかり言って……」
「いやいや。俺にとってきみは命の恩人ともいえるからね」
極上イケメンさんの極上の微笑みが眩しい。
「うっ……。極上イケメンさんの恩人だなんて……」
「ぶっ――!」
鴻上さんが頬を膨らませ、拳を口に当てて笑いを堪える。
「俺って、極上イケメン?」
「へっ!?」
「今、言ったでしょ? あ、昨日も言ってた」
「えっ!? 口に出てました?」
「うん。なんか、すごいあっさり言うから、ちょっとびっくりしたし面白かった」
「すみません~~~」
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
いい年をして男性に『イケメン』を連呼するなんて、痛すぎる。
「いやいや? 嬉しいよ。たまに言われるけど、もっと違うニュアンスで言われることが多いから、なんか、こう、新鮮って言うか? ホント、純粋に嬉しい。あ、けど、『極上』って言われたのは初めてだ」
「お寿司のネタみたいなランク付けしてすみません……」
「あ、お寿司? 肉じゃなくて?」
「肉?」
「A5ランク、とか言うでしょ? でも、そうだね。お寿司の方が近いか。上握り、とか言うもんね」
「正確には特上で、極上とは言わないですが」
「あははっ! そうだ。そうだね」
「特上より上を示してると思って、許してください……」
あまりに情けなくって、ついに許しを乞うてしまう。
「許すだなんて! 嬉しいよ。残念王子、よりずっと嬉しい」
「残念王子?」
「うん。俺の学生時代のあだ名」
「ええっ!?」
「ホントだよ? 俺、昔っから運が悪くてさぁ。って、さ、着いたけど」
鴻上さんが足を止め、私も止まった。
話に夢中で、どこに向かっているか気にしていなかったが、辿り着いた場所は地上へ出る階段前。
いつも利用しているエスカレーターから、三分ほど会社よりに進んだ出口。
ここは階段しかないから、下りてくる人はいても上がる人は少ない。そして、朝のこの時間に下りてくる人はほとんどいない。
さっきのエスカレーターで地上に出て、交差点を渡って七分ほど歩くと、地上六階、地下一階建ての本社ビルがある。
隣には三階建ての研究所。
そこが、私が勤める株式会社奥山商事。
今、目の前にある階段を上れば、交差点を渡った先に出られる。
「人通りが少ない方が危険が少ないかなと思ったんだけど」
「そう……ですね」
ごもっともな考えだが、目の前の段数に、さっきとは違う意味で目眩がする。
「ゆっくり上がろう」
「はい」
鴻上さんが手摺りを掴み、三段ほど上がって振り返る。
「あ、俺が先じゃあ、落ちた時に乾さんが巻き添えになっちゃう」
「あ……」
「けど、階段でスカートを穿いた女性の後に続くのはなぁ……」
「へっ!?」
真面目に言うものだから、甲高い変な声が出た。
「いや。女性がどこまで気をつけているかわからないけど、結構際どいんだよ?」
「いやいや! この長さですし。それに、その、私の……なんて誰も――」
「――あ! そういうこと思っちゃダメだよ。きみを好きだって男にしてみたら、そういう危機意識の低さは心配で仕方ないからね」
「そんな男の人、いませんよ!」
「それは、恋人がいないってこと?」
「恋人も、私を好きになるような変わった人も、です」
「それについては色々と意見があるけど、ひとまずは地下を出よう。乾さんはこっち側を上がって?」
そう言って、鴻上さんが反対側に寄る。
下りてくる人がいたら迷惑になるだろうが、仕方がないと判断した。
私たちは、壁際の手摺りを掴んで、一段ずつ上がって行った。
あまり使われないからか、手摺りは埃っぽく、後でしっかり手を洗おうと思った。
運動不足のデブにはツラい段数ではあるけれど、昨日食べたパンケーキ分を消費していると思って頑張る。実際には、百往復くらいしないと見合わないだろうけれど。
私はチラッと、極上イケメンさんの横顔を眺めた。
足が長いあなぁ、細いなぁ、姿勢がいいなぁ、髪がツンツンしてるの触ってみたいなぁ、なんてやましいことばかり考えながら足を上げる。
「大丈夫?」
急に鴻上さんが私を見たから、心の声が口に出ていたのではと焦った。
「だい……じょうぶです」
きっと、全然大丈夫じゃない表情をしているのだと思う。
鴻上さんが眉を下げて笑った。
「滑る場所もないし、大丈夫そうかな」
昨日の事故は、危険を感じた直後に起こった。
ということは、この階段から落ちることがなければ、さっきの予感は回避できたと思っていいのだろうか。
私は手摺りに支えられながら、ようやくあと五段のところまで進んだ。
鴻上さんは既に階段の上で私を待ってくれている。
ふうぅっと息を吐いて顔を上げると、鴻上さんの眩しい微笑みと差し出された細くて長い指が目に飛び込んで来た。
神々しい……っ!