テラーノベル
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夜半を過ぎると、ステラマーレはようやく息をゆるめる。宴会場の灯りが落ち、食器の音も遠のき、港から上がる風だけが廊下を抜けていく。
その静けさの中で、ディアビレはルナ・マグのカウンターに肘をつき、しばらく迷ってから言った。
「……コーヒー、もう一杯ほしいです」
自分からねだったのは初めてだった。言ってしまってから耳まで熱くなる。ジナウタスは豆を量る手を止めず、ただ「珍しいな」とだけ返した。
「だめならいいです」
「だめとは言ってない」
低い声のまま、彼はいつもの手つきで湯を落とす。細い湯の筋が豆をふくらませ、店の中へやわらかな香りが広がっていった。ディアビレはそれを見ているだけで、肩の力が少し抜ける。
しばらくして置かれたカップには、砂糖が最初から半さじだけ入っていた。
「……私、まだ何も言ってませんけど」
「夜の二杯目は半さじだろ」
「どうして知ってるんですか」
「最初の頃、顔で分かった」
あまりに平然と言うので、問い詰める方が恥ずかしくなる。ディアビレはカップを持ち上げ、ひと口飲んだ。たしかにちょうどいい。苦みを消さず、眠気だけをほどく甘さだ。
「そんなに見てたんですか」
ジナウタスは少しも考え込まずに答えた。
「毎晩」
その二文字よりずっと長く感じる一言が、静かな店内に落ちた。ディアビレは危うくカップを置き損ねる。
窓の外では、夜の海が黒い絹みたいに揺れている。目の前の男は何でもないことのようにポットを磨いているのに、ディアビレの鼓動だけが急に落ち着かなくなった。
#海辺の町