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#海辺の町
翌朝、港の売店に並んだ週刊観光紙の一面を見て、ラウールが声を裏返した。
「載ってる! しかもでかい!」
紙面の上半分を、海辺の写真が占めていた。曇りかけた朝、水平線の上だけが薄く明るみ、手前には岬の手すりにもたれた老夫婦の背中が小さく写っている。派手な景色ではないのに、見た瞬間に胸の奥が静かになる一枚だった。添えられた短文は、オラシオの署名ではなく「匿名」とある。
館内でもすぐにその話でもちきりになった。
「これ、誰が撮ったんだろう」
「文章もいい」
「港の匂いまでしそう」
ディアビレは遠巻きに見ているつもりだった。だが、オラシオが取材のついでの顔で現れ、さらりと言ってしまう。
「写真の持ち主、ここにいるよ」
数人の視線が一斉にこちらを向く。ラウールが口を開き、フレアがにやりとし、ベジラの笑顔だけが遅れた。
「ディアビレなの?」
問いというより確認だった。オラシオは悪気なく頷く。
「そう。昔から撮ってた。載せる許可はもらってる」
本当は、昨夜きちんと「一枚だけ使わせて」と言われていた。けれど、匿名だからここまで広がるとは思っていなかった。褒める声が増えるほど、ディアビレの居場所は薄くなる。セルマの顔色が音もなく変わったのが分かったからだ。
昼すぎ、喫茶室の仕込みに入ろうとしたところで、セルマが背後から鍵を回した。
「少し頭を冷やしなさい」
「何を――」
返す前に扉が閉まる。外から鍵がかけられた音が、狭い店内で妙に大きく響いた。
「主役より目立つなと言ったはずよ」
扉越しの声は冷たかった。
ルナ・マグの中に、海の匂いだけが取り残された。