テラーノベル
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古びた町の外れに、使われなくなった洋館があった。その館は、かつて医師だった男が住んでいたという。
彼の名は、**黒崎礼二**。
町では今も「黒崎先生」と呼ばれ、夜になると窓辺に立つ影を見たという噂が絶えなかった。
大学生の真琴は、卒業論文の題材としてその洋館を訪れた。
テーマは「集団幻覚と地域伝承」。
「幽霊なんて、いるわけない」
そう笑いながら、彼女は門を押し開けた。
錆びた蝶番が、悲鳴のような音を立てる。
玄関ホールには大きな姿見があった。
曇った鏡に映る自分の姿は、どこか輪郭がぼやけている。
真琴はスマートフォンで写真を撮った。
——カシャ。
画面を確認した瞬間、息が止まる。
鏡の中の自分の背後に、**もう一人、立っている。**
白衣を着た男。
顔は見えない。
だが、はっきりとこちらを見下ろしている気配だけが伝わる。
振り向く。
誰もいない。
もう一度、画面を見る。
そこには確かに写っている。
背後の男の手が、真琴の肩に触れようとしている瞬間が。
冷たいものが、実際に肩に落ちた。
ぽたり。
赤い液体。
天井を見上げると、染みがゆっくりと広がっている。
まるで、今まさに誰かが上で——。
足音がした。
二階から、コツ、コツ、と規則正しく。
「……誰かいるんですか?」
返事はない。
だが、足音は止まらない。
やがて階段の上に、白衣の裾が見えた。
ゆっくりと降りてくる。
一段、また一段。
顔が、見える。
目がない。
空洞の奥が、真っ暗に揺れている。
「君は——診察を受けに来たのかね」
低い声が、耳元で囁かれた。
気づけば、男は目の前にいた。
逃げようとした瞬間、真琴の視界が暗転する。
翌朝。
町の新聞の片隅に、小さな記事が載った。
> 廃洋館に侵入した大学生、行方不明。
そしてその日の夜。
洋館の窓辺に、新しい影が一つ増えたという。
白衣の男の隣に、
スマートフォンを握った若い女の影が、静かに立っていた。