なんと、役が公表されていなかった雪矢さんが、魔女役で出てきたのだ。
もちろん、『思い出づくりしよーよ!』という寧音ちゃんのゴリ押しにつぐゴリ押しに負けて扮したお遊びの役だけど。
ゴシック風のシンプルなワンピースに、いつもの亜麻色の髪をそのまま長くしたようなウィッグをかぶった、ちょっと魔女っぽさから離れたその妖艶な姿は、観客席をすっかり見とれさせて、女の子たちにきゃーきゃー言わせている。
雪矢さんもやけくそになっているのか、
「可哀相なコ、私が助けてあげる」
なんて色っぽすぎる声でささやいて、脚本にはないのに、シンデレラの腰を抱いてきたりして…
ざ、斬新すぎです、雪矢さん…っ!
なんて、ワタワタしてしまうのを、どうにか客席に見えないようにしていたら、くすり、って雪矢さんは楽しそうに笑う。
もう…!雪矢さんってば…!
この楽しいおふざけには、観客席もおおいにわいた。
大盛況を保ったまま、ステージは魔女が魔法をかける寸前で暗転し、第三幕が終了。
次はいよいよ、舞踏会に赴いて王子様と出会うシーン。
その前に、今日この劇のために協力を依頼した映画製作所のスタッフさんが作製してくれた映像が流れ、馬車がお城に近づいていく演出が披露される。
その間に、わたしはドレスに早替えなんだけど、王子様役は、もしこの時点で彪斗くんがいなければ、雪矢さんが代役を務めることになっていた。
王子様は反対の舞台袖から登場することになっている。
彪斗くん、来たかな…
なんて気になるけど、反対袖に見に行く余裕なんてなく、ドレスに着替え、髪を結ってもらって、あのイアリングをつける。
もし彪斗くんが来ていなかったら、雪矢さんも同じようにして、化粧を落とし早替えして王子様に扮しているんだろう…。
どうにか準備を完了させたところで、映像が終わって、ステージが暗転した。
王子様ひとりがステージに立っている状態で照明が点き、そこから第四幕が始まる流れなんだけど…。
反対袖から、王子様役の男の人がステージ中央に向かって歩いてきた。
…けど、暗くて誰かわからない…。
もっと近くで見ようと近づいた時、ぱっと一斉に全照明が点いて、目がくらんだ。
その瞬間、
キャー!!
と、黄色い悲鳴が舞台袖までつんざいた。
まぶしい照明に目をこらして、わたしは息をのんだ。
そして、ほっとして、思わずしゃがみこみそうになった。
ステージには、彪斗くんが立っていた。
長い手足に濃紺の軍服風の正装をまとった姿は、まるでマンガやアニメの世界から抜け出てきたようにカッコよくて、ただ立っているだけなのに、人の視線を一気に集めるようなオーラがあった。
あのヤマネコを思わせる色っぽい目が、冷やかに観客席をにらみ回して、そして、おさまることの知らない黄色い悲鳴やどよめきが、やっとすこし小さくなるのを待って、よく通る涼しげな声で、第一声を上げた。
『…どの女もパッとしないやつらばかりだな。親父のやつ、つまらねぇ茶番開きやがって』
…初登場の第一声がこれなんだから、雪矢さんってほんと切れ者だなって思う。
さっきまでが嘘だったように、観客席は水を打ったようにしんとなる。
けどこれは、悪い印象を受けてそうなったのではなくて、みんな、この一言だけで彪斗くんに魅了され、オーラに呑まれてしまったからだ。
一週間前の時点でほとんど完璧だったとはいえ、今日までぜんぜん練習できなかっただろうに…。
この自信にあふれた演技…むしろ、さらに良くなっているように見える…。
やっぱり、彪斗くんって、すごい…。
王子様も彪斗くんと同じ、ワガママな俺様設定。
そして、無意識下で運命の女性との出会いを望んでいながらも、毎日に悶々とした鬱屈を抱え込んでいた。
つまらねぇ茶番。
だから、お妃さがしのこの舞踏会も、そう思って期待なんかぜんぜんしていなかった。
けれども、その少女は現れた。
シンデレラ。
王子様の運命の女性…。
舞台袖で間もなくやってくる出番を待ちながら、なぜか、わたしは脚を棒のようにさせて動けずにいた…。
彪斗くんが戻ってきたら、こういう顔で迎えよう、あんな言葉を言おう、って考えていたのに。
いざこうして前にしたら、頭が真っ白になってしまった…。
「…優羽ちゃん!出番だよ」
そんなわたしの背後で寧音ちゃんが声をかけてくれた。
「大丈夫。ここまで完璧だったもん、できるよ。行って!彪斗が待ってるよ!」
わたしは大きく息を吸うと、意を決して、ステージに向かった。
わぁ…
ステージに出た瞬間、観客席から不思議などよめきが聞こえた。
え…なん、だろ…。
おそるおそるチラ見すると、ほとんどの人がわたしを見つめて、耳打ちあったりしている。
え、な、なにかヘンかな…!?
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