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その辺りでは有名な霊山と呼ばれる神域で行われた儀式は、見事に成功して1人の年若い男をその場に喚んだのだ。
その者はニホンというところから来たと言う。名前をユウキと名乗った。この世界と、この試みについて説明をすると「これが異世界召喚かぁ」と感動したようだったが、すぐにある事に思い至ったようだ。当然帰る方法があるかどうか、だ。
これには研究者達も焦った。飲み込みが早すぎるし、身に起こった事に対して考えられる1番の問題もすぐに口をついて出てくる。まるで見知った出来事かのように。
ここでひとりの研究者が「近年かの山に凶悪な魔獣が現れた、それを殺す事で使命を果たす事で帰る事が出来る」と言ったのだ。凶悪な魔獣は本当だ。ヒト種族の王国の名だたる冒険者たちで束になっても敵わない。だが帰れると言うのは嘘だ。そこに因果関係などないことは百も承知。
確かに召喚する対象先を限定する魔術はあるが、それはこちらが選ぶ訳ではなくあくまである条件に当てはまるとしてヒットした所というだけだ。その条件も知的生命体の有無くらいのものだ。送り返すにはあまりにもザルな条件と言えるだろう。
また、それを行うにもこの神域での条件が整うのがいつになるのか分からない。いまこの霊山の周りには魔力は薄く、指先に火を灯すくらいの魔術ですら危ういほどだ。
魔獣はベヒーモスと呼ばれていた。存在が既に災害のようなもの。しかしあれほどになるとその身を維持するための食事という行為だけでは足りず、近く自壊すると言われている。それが明日なのか一年後なのか不明でその間の被害もどれほどになるのか。
ニホンからきたその男は、研究者の嘘を信じてベヒーモスを退治すると決めた。そしてこの世界の魔術の存在を教わり、すぐに魔術の行使に成功してみせた。ユウキが行使した魔術の規模は見たこともない強力なもので「これってチートってヤツ?」などと独り言を言っていた。
そのニホンの男は、見事一騎討ちにてベヒーモスを退治せしめた。それは恐怖に慄く近隣の国や街のもの達に平和を齎し、召喚者の異常なまでの強さを記憶に刻んだ。
ではそのニホンの男はどうなったのか? 結果としては相討ちであった。ベヒーモスを倒すには彼を持ってしても死力を尽くしたのだ。
鍛錬した訳でもないニホンの男の武力は覚えたての魔術一本で、最後に捻り出した魔術はベヒーモスをオーバーキルするものだったが、本番とあってその魔力を使い果たしたニホンの男はそのまま身体を保つことが出来ず、無残な肉片となった。
全てが研究者たちの想像を超えていた。
召喚者の理解の速さ。異常なまでの強さ。そして、なぜ魔力を使い果たして死ぬのか。
魔力なんてのはこの世界の者にとってスタミナのような者だ。走り疲れたら立ち止まって休めば良くなるように、魔力を使いすぎて疲れたら休めば治る。
それは異常な強さと共に仮説が立てられる事になる。召喚の際に使用された魔術に用いられた魔力。そのうちの全て、あるいは残りなどがこちらに来た際に彼に還元されたのではないか。
そして、この世界の者たちは自身には少ししか魔力を持たず、使うにしてもそれは少しずつでしかない。そんな膨大な魔力を一気に吐き出してしまえば……器が保たなかったのではないか、と。
しかし、大多数の人々にとって重要なのは、救ってくれた事実である。そんな研究者たちの好奇心故に起こされた悲劇という負の面を知る必要などない。救われた人々はその英雄の凱旋を心待ちにするだろう。
もし討伐を自分たちの手柄にすり替えでもしたなら、その再現を求められたり、次に同様の魔獣が出た時には王命で出なければならなくなるかもしれない。そんなのは御免だ。彼らは研究者。誰かのために命を張ることなどしたくない。
そして研究者たちにより作られた話は報告を受けた王により民へと語られる。
この未曾有の事態を憂いた異世界の者が、この世界に降り立ち自らの生命と引き換えに魔獣ベヒーモスを討伐せしめたのだと。そしてユウキと名乗った彼を讃えて、魔獣に立ち向かった勇気ある者としてその者を勇者と呼び後世に語り継いでいくと。
この世界には魔力が満ちており、人々は世界の魔力を用いて魔術を行使するが、その魔術についても殆ど解明されてはいない。魔術のルールとして火の概念が火の魔術を行使するのに、水の認識が水の魔術を行使するのにひと役かっており、王の宣言は後世に広く伝わった事実として、召喚勇者のその名付けがこの世界の召喚魔術の行使の際における「見えない取り決め」のひとつとなった瞬間である。