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今日は彼のこんな一言から一日が始まった。
「あのね、芙弓の兄弟子達の事なんだけど——」
その存在自体を自分の中から抹消したい程に関わりたくない人達の話を急に持ち出され、反射的に眉間にシワが出来る。それでも私は黙ったまま言葉の続きを待った。
「社会的にぶっ殺しておいたから」
と、かなりの大声で叫んでしまった。コイツと居るといつか私の声帯は壊れてしまう気がする。
「だってぇ、まだ当時は五歳だった芙弓が引っ越したばかりのお家をまた出ないといけなくなるくらいに虐めた奴らだよ?僕らからも引き離されてさぁ。あのままの近さだったら、もっと早くにこうなっていたかもなのに。それってさ、よくよく考えるとかなり酷くない?そんな乱暴を僕が見逃したままにしておくと思う?無理だって思うよねぇ?」
「え?今一番私に無体を働くアンタが何言ってんですか?」
スンッと真顔で返したが、どうも彼の心に響いている気がしない。あれらは全て無自覚での行動という一番質の悪いやつなのか?
「『イジメ』って結局の所は犯罪だよね。もっと重く扱うべき問題だと思うな」
「確かにそうですね。そうなんですけど、もっと自分の行動も省みちゃくれませんか?」
再会時には私に嫌われようと襲ってきたり、『妹が一番好き』と言うくせに私を抱き潰したり。それなのにドロドロのギトギトに甘やかしてくるんだからマジで最悪極まりない。
「僕のは愛情の押し付けであって、イジメじゃないよ?」
いい大人が小首を傾げて言うな!そして、悔しながら似合っているという事実を誰かどうにかしてくれ!
「『押し付け』ているって自覚はあるんですね!」
つい可愛いと思ってしまう気持ちを誤魔化すみたいに大声で返した。
「あははは」
何が楽しいのかわからんがロイさんが笑う。楽しそうな笑顔に一瞬絆され掛けたが、彼の「——実は、さ」の一言のおかげでなんとか持ち直した。
「五年前に、芙弓が引き籠った時点で『秋穂家』への融資はもう切っていたんだ。先代までは歴代との縁や芙弓を引き取った功績もあったからパトロンのままでいる気にもなれたけど、今の当主と僕らは馬が合わないってのもあってね。芙弓が『秋穂』の名前で作品を出さないのならもう支援する意味が無いからさ」
「……そうだったんですか。生活費はちゃんと振り込まれているから、全然気が付かなかったです」
口元に手を当てて呟く様な声が出た。
これまでの五年間。生活には一切困らないだけの額が毎月欠かさず口座に振り込まれていたから、カミーリャ家からの融資がすでに切られていたなんて全然考えもしていなかった。
「それは僕が直接払っていたものだよ。現当主は速攻で君への支払いを切ったから、もう母方の『椿』家の方からの支払いに切り替えさせたんだ。そのクセしてさぁ、他から受けている『天才人形師・秋穂芙弓』への支援金は全て『秋穂家』への物って事にして全部没収。その上、君の人形の権利や利権なんかも勝手に奪ってたんだ。それプラスで此処何年もの間『秋穂芙弓』の名前で新作の人形まで発表し始めたもんだから、流石に僕も父さんもキレちゃってさ」
「え?私は一作品も作ってませんよ?」
「もちろん知っているよ。芙弓自身の材料購入履歴なんかもずっと止まっていたからね」
何で知ってんだ?という疑問は怖いのでそっと飲み込んだ。
「『秋穂芙弓の作品』にしては出来の悪い人形だってんで、芙弓の人形のファンからも訝しむ声があがってね、『秋穂』ブランドの人気はここ数年で一気に低迷していたんだ。ならば追い討ちを掛けるなら今だろって事で、今まで『秋穂家』が抱えてきた悪事を全部暴露してやったよ。だからもう芙弓の兄弟子だった者達が君に嫌がらせをする事なんか出来ないし、権利も全て奪い返しておいたから心配せずに、芙弓は人形作りにまた没頭してもいいからね。今後は細かい管理なんかは全て信頼出来る担当者を付けて、ちゃんと僕らが責任を持ってやってあげるよ」
「……わぁ」とだけこぼし、服の胸元をギュッと掴む。
本当に、一度も『復讐したい』なんて考えてもいなかった。だって、兄弟子達から直接受けた仕打ちなんてもう二十年も前の出来事だったし。お互いにまだ子供だったり、若かったりしたから感情の表現が物凄く下手だったというのもあったから。だけど……ただ私が知らなかっただけで、あれ以降もずっと色々奪われていて、踏み躙られたままだったのかと思うと流石に胸の奥が不快な気持ちで一杯になった。
「そうそう、今度雪乃が子供服や玩具のブランドを立ち上げるらしいよ」
「意外ですね、雪乃は重度の軍服フェチなのに」
「そうだね。世界的に上から数えた方が早いくらいの超絶お嬢様なのに、現役の自衛官と結婚するくらいの重症っぷりなのにね」
「ですよね、ホント」と何度も頷く。でもまぁ紹介してくれた相手の男性はかなりのイケメンだったから納得でもあった。
(そんな彼女が子供服……?)
「……もしかして、妊娠、した、とか?」
「正解!意外にも早くわかったね!」
馬鹿にされたみたいな気がして腹が立つ。でも朗報を教えてくれた事には感謝したくなった。
「多分もう芙弓にも連絡が入っていると思うよ。早く教えたいって胎児のエコー写真を見せながら言っていたからね」
「この後すぐにメールチェックします!」
お祝いは何がいいだろうか?旦那さんになった人に似た小さい人形とか、生まれてくる子供を模した物もありかもしれない。生まれた時の体重と同じ重さで作ってみたりしても喜んでくれそうだ。そう考えると、不快だったはずの気持ちが一気に吹き飛んでいった。
「これでもう、芙弓も『叔母さん』だね!」
「——はぁ⁉︎それを言うんならアンタだってもう『オジサン』でしょうが!」
「うん、そうだね。僕は『叔父』さんだね!」
勢い余って貶したつもりだったのだが、ロイさんにはノーダメージって感じだ。確定で『イケオジ予備軍』だから持てる余裕ってやつなのか?
なんか微妙に話が噛み合っていない箇所がある様な気がしつつも、ロイさんと雪乃への『妊娠祝い』や『出産祝い』では何を贈ろうかという話で盛り上がった。この日初めて、彼と『何気ない普通の穏やかな時間』ってやつを過ごせた気がする。だけど一日の終わりの今日を振り返り、思った事は『アイツを敵に回しちゃあかんな』だった。
【ロイさんからの報告・完結】