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放課後、夕焼けが滲む屋上。
朔は一人、風に揺れるフェンスを見つめていた。
晴れたはずの空。
けれど、不意に空気がひんやりと変わる。
「……降る」
低い声が背後から響き、振り返ると晴弥が立っていた。
その言葉の直後。
大粒の雨が、容赦なく空から落ちてくる。
逃げ道は少ない。
晴弥が無言で手首を掴む。
「こっち」
屋上隅の小さな物置。
半開きの扉の向こうへ、朔は引き込まれた。
狭い。
濡れた服が触れ合うたび、体温が流れ込む。
外では、雨が金属の手摺を叩き続ける。
カン、カン、カン――
一定のリズムが鼓動と重なる。
息が、近い。
湿った空気が肌にまとわりつき、呼吸まで曖昧になる。
「……濡れたな」
晴弥の声はいつもより低く、そして少しだけ掠れていた。
「急に降ったし、仕方ないよ」
朔が笑って誤魔化そうとするが、
晴弥は視線を逸らしたまま、朔の手をぎゅっと掴んだ。
熱い。
「は、晴弥?」
呼びかけても、返事の代わりに力が強まる。
雨粒がひとつ、物置の隙間から落ちてきて
二人の繋がれた手の甲を濡らした。
その一滴を追うように、晴弥の親指がゆっくり動く。
雨を拭ったのか。
触れたかっただけなのか。
判断できないほど、指先が震えていた。
「……離すな」
晴弥が呟く。
その声音は普段の無愛想とは違う、
願いの形をした弱さだった。
「離れる気なんて、ないよ」
朔が握り返した瞬間――
晴弥の肩がわずかに震え、唇が何かを言いかける。
だが、それは雨音に消された。
カン、カン、カン――
手摺を叩く雨が、二人の間で言葉を奪う。
しばらくして、小さな笑い声が落ちた。
「……変だよな、俺」
「変じゃない」
即答だった。
自分でも驚くほどに迷いがなかった。
「俺……雨が嫌いじゃないって言ったよな」
「うん」
「……嘘だ。濡れるのとか、普通に面倒だし」
晴弥が俯く。
それに合わせて握っていた手が小さく動く。
「じゃあ、なんで……?」
「……お前が、近くに来るから」
朔の呼吸が止まる。
胸の奥が跳ねた音まで聞かれた気がして、恥ずかしくなる。
言葉を探す間もなく、
晴弥はそっと朔の手を包み込んだ。
まるで壊れ物を扱うように。
外の雨は弱まる気配を見せない。
ただ、その音が二人の沈黙を守ってくれる。
「……雨、もう少し止まないと無理だな」
「うん」
短い返事。
けれど、その一音に籠る想いは深い。
朔も晴弥も、手を離す理由を失っていた。
雨粒が手の甲を流れ落ちるたび、
触れ合った指先に感情の熱が宿る。
屋上の影の中で――
二人だけが知る距離が生まれ始めていた。